電動革命の波に乗る! EV株投資の秘訣 第40回
by じんべい
こんにちは、じんべいです。
イーロン・マスクがX(旧Twitter)で発した、ある「嘆き」が自動車業界に波紋を広げています。
「(彼らは)狂っている」
事の発端は、イーロンがテスラの誇る自動運転技術「FSD(Full Self-Driving)」を、他の自動車メーカーにライセンス供与する用意があると公言し、実際にオファーを出したことでした。
人類が到達した最高峰のAI技術の一つであるFSD。それを自社開発するには兆円単位の投資と数年の歳月が必要です。それが「借りられる」のであれば、喉から手が出るほど欲しいはず……。
しかし、返ってきた反応は彼の予想を裏切るものでした。
「5年後に小さなプログラムとして実装したい」といった気乗りのしない反応ばかりで、誰も今のFSDをそのまま欲しがらなかったのです。
なぜ、既存の自動車メーカーは世界最先端の技術を拒絶するのでしょうか?
この疑問に対し、日本の自動運転スタートアップ「Turing(チューリング)」のCOOが行った分析を紐解くと、そこには単なる「食わず嫌い」や「プライド」だけでは片付けられない、自動車産業が抱える巨大な「構造的なジレンマ」が横たわっていることが見えてきました。

今回は、既存メーカーが直面している「FSDを選びたくても選べない」3つの高い壁と、彼らが抱える経営上の苦悩について深掘りします。
「PCにWindowsを入れる」のとは次元が違う
多くの人が誤解していますが、FSDの導入は「PCにWindowsなどのOSをインストールする」ような話とは根本的に異なります。

Turing COOの指摘によれば、FSDは単なる便利な運転支援アプリではありません。それはクルマというハードウェアの設計思想そのものを支配する「中枢神経」です。
もし既存メーカーが「よし、FSDを採用しよう」と決断した場合、彼らは以下の3つの「構造的な壁」に直面し、これまでのクルマ作りを根本から否定しなければならなくなります。
1. デザインの自由度を失う「ハードウェアの従属」
最初の壁は、自動運転システムとハードウェアの密接な連携という問題です。
テスラのAIは、テスラ車に搭載された特定のカメラ構成(位置、画角、解像度)を前提に、膨大なデータを学習しています。AIにとって「目」の位置や特性が変わることは、学習済みのモデルが前提とする「世界の見え方」が変わることを意味し、性能を維持するためには大規模な再調整または再学習が必要になります。

もし既存の巨大メーカーが、この種の最先端なビジョンベースの自動運転システムを取り入れようとすれば、彼らは長年培ってきた独自の設計哲学や外観デザインの一部を、システムの要求に合わせて調整する必要があります。
具体的には、システム提供元が求める特定のセンサー配置とハードウェア構成を、極めて忠実に受け入れなければならない可能性が高いです。
「ヘッドライトのデザインを変えたい」「グリルやバンパーの形状を変えたい」と思っても、センサーの視界や位置が固定されているため、車両設計、特に外観デザインの自由度は極端に制限されます。これは、デザイナーやエンジニアにとって、車両の根幹に関わる設計上の主導権をシステム提供元に大きく依存させることを意味します。
2. 「神経系」の大手術を迫られる(E/Eアーキテクチャの刷新)
2つ目の壁は、車両の電子・電装アーキテクチャという、より深刻な内部構造の問題です。
テスラ車は、車両中央にある高性能コンピュータが主要機能を統合制御する「中央集中型のアーキテクチャ」を採用しています。これは、高度なソフトウェア機能と自動運転システムを実現するための最新の設計思想に基づいています。

一方、多くの既存メーカーの車は、エンジン、ブレーキ、ドア、エアコンなど、機能ごとに無数の小さなECU(電子制御ユニット)が分散して配置される「分散型アーキテクチャ」をとっています。これは長年かけて築き上げられた、部品サプライヤー(Tier 1)ごとの分業体制に適した構造でした。
テスラのような高度な自動運転システム(FSDなど)を既存車両に導入し、その性能を最大限に引き出すためには、この分散した古い神経系を、高帯域・高速処理が可能な中央集中型へと抜本的に刷新する必要があります。
これは単に部品を入れ替えれば済む話ではありません。アーキテクチャの刷新は、ECUの提供からソフトウェアの内製化へとビジネスモデルが変化することを意味します。
その結果、Tier 1と呼ばれる部品サプライヤーとの長年の関係性、OEM内部の開発体制、そして生産ラインやサプライチェーンの全てを根底から覆す「大工事」となります。
歴史あるメーカーほど、従来のしがらみや投資を断ち切ることは極めて困難な課題となります。
3. 機密情報の「全開示」というビジネス上の悪手
そして最大の壁が、ビジネス上の機密保持です。
FSDを自社車両に最適化させるには、「どうハンドルを切れば、車体がどう動くか」という車両運動モデルの物理特性データや、数年先に発売予定の未発表車両の計画を、テスラ側に提供する必要があります。
テスラは、言わずと知れた最大の競合相手です。
戦争中に、敵軍の司令官に自軍の作戦司令室や新兵器の設計図を見せる将軍はいません。FSDの導入は、自社の未来の飯の種をライバルに「完全に」さらけ出すことを意味します。経営判断として、これに二の足を踏むのはあまりに当然のことと言えるでしょう。

「走りの楽しさ」を誰に委ねるかという葛藤
技術的な壁以上に、メーカーとしてのアイデンティティに関わる問題も無視できません。
現在、多くのクルマがApple CarPlayやAndroid Autoに対応しています。これらはナビや音楽といったインフォテインメントの領域であり、クルマの本質的な機能とは切り離されていました。
しかしFSDは違います。「走る・曲がる・止まる」という、自動車の価値そのものを司る領域です。
「走りの楽しさ」を長年のブランド価値としてきたメーカーにとって、ドライビングフィールはまさに“核”そのものです。その核心部分までテスラに委ねてしまえば、もはや自社としての“自動車メーカーらしさ”を失いかねません。
Turing COOはこれを、「FSDの導入は、自社の車の脳と神経をテスラに委ね、自社は単なる”ガワ”の製造請負になることを意味する」と表現しています。
既存メーカーがFSDを拒むのは、単なるプライドの問題ではなく、「自分たちは何屋なのか?」という企業の存続意義そのものを守ろうとする必死の抵抗とも取れるのです。
「まだ売れていない」が生む油断と、不可逆なUX
既存メーカーがFSD導入を急がないもう一つの理由に、「市場圧力の欠如」があります。
現時点の北米市場のデータを見ると、「FSD機能があるからテスラが売れている」という明確な相関は見られないといいます。テスラの販売を支えているのは「値下げ」や「補助金」であり、FSDはまだマニア向けのオプションという位置付けです。
これが既存メーカーに、「消費者はまだ自動運転を求めていない」「自動運転はまだ金にならない」という一種の安心感を与えてしまっている可能性があります。
しかし、自身もFSDユーザーであるTuring COOは、ここに「甘い罠」があると警鐘を鳴らします。
数字には表れていませんが、Turing COOは「あれを体験したら他の車にはもどれない!」「なんてこった!俺達人間は今まで運転というめんどくさい行為を押し付けられていたんだ!」と、偽らざる本音を吐露しています。

これは、iPhoneが登場した当初の状況に酷似しています。当時、BlackBerryのユーザーは「物理キーボードがないなんて売れるわけがない」と高を括っていました。しかし、一度タッチパネルのUXを知った消費者が戻ってくることはありませんでした。
データが「FSD必須」を示した時には、すでに手遅れです。いや、テスラはそのデータの準備を既に始めています。
結論:彼らに残された「険しすぎる2つの道」
以上の議論から見えてくるのは、既存メーカーが置かれた状況が「やる気の問題」ではなく、「構造的な詰み」に近いという厳しい現実です。

彼らに残された選択肢は、実質的に2つしかありません。
- 自社開発する:
テスラやTuringのようにEnd-to-EndでAI開発に挑む道です。しかしこれには、膨大な走行データ、訓練用データセンター、自動運転用エッジコンピューターの3つが不可欠です。この3つのうち一つでも持っている自動車企業は少なく、多くは全て揃っていません。その状態で自社だけでテスラのような自動運転を開発することは不可能です。さらに何より、シリコンバレー並みのスピード感が求められます。重厚長大な意思決定プロセスを抱える既存組織が、今からテスラに追いつくのは至難の業でしょう。
- FSDをライセンスする:
メーカーとしての魂を削り、利益率を下げ、テスラのハードウェア下請けになることを受け入れる道です。短期的には最新技術を手に入れられますが、長期的にはブランドの独自性を失うリスクがあります。
イーロンの「(彼らは)狂っている」という言葉。
それは、傲慢な王の言葉としてではなく、沈みゆく船に乗っていることに気づいていない(あるいは気づかないふりをしている)人々に対する、彼なりの強い危機感の表れだったのかもしれません。
また、「5年後に実装したい」という既存メーカーの悠長な返答は、彼らが事態の深刻さとスピード感を全く理解できていないことの証左とも言えます。
自動車産業は今、100年に一度のパラダイムシフトの真っ只中にあります。かつての巨人が「旧時代の遺物」として歴史の片隅に追いやられるのか、それとも痛みを伴う自己変革を成し遂げ、新たなモビリティの形を提示できるのか。
私たちが慣れ親しんだ自動車ブランドは今、その存亡をかけた最大の分岐点に立っています。

文・じんべい
日本企業でサラリーマンをしながら、 米国株式投資や太陽光発電投資で資産形成し、2023年3月にサイドFIRE。 株式投資では、S&P500を積立投資しながら、 個別株はテスラを中心としたEV銘柄に集中投資を実行中。YouTubeチャンネル『じんべい【テスラとNio】について語るチャンネル』登録者数:約3万人。 X(Twitter)フォロワー数:約1万人。平日毎朝、Xにて前日のテスラ株価情報を発信、また毎週末にはYouTubeでテスラ株価ニュースを配信中。




