世界を代表するラグジュアリーブランド、ロールス・ロイスブランド初のBEV「スペクター」。2023年第4・四半期から順次納車が開始される予定の、このロールス・ロイスが生み出した初の量産EVは、2ドア4シーター。ロールス・ロイスが、2030年までに全モデルを電動化するプロジェクトの第一弾という位置付けからも話題を呼びました。今なぜ、ロールス・ロイスは、BEVという選択肢を選んだのか。また、今回発表された「スペクター」が持っている4800万円というリッチな価格に見合う本質的な価値を、3回に分けて探っています。
前編では「スペクター」の歴史的位置付けに触れ、ロールス・ロイスの創業者である、チャールズ・ロールズ、ヘンリー・ロイスとEVの関係性を紹介しましたが、今回は「スペクター」に向けた、驚きのコンセプトEV「103EV」を含む、ロールス・ロイスのEV発売への道程を紹介します。
「4800万円のEVの真髄、ロールス・ロイス初のBEV『スペクター』完全解説 前編『創業者チャールズ・ロールズが120年前に予言したEV充電インフラの問題点とは?』は以下をご覧ください。
前編でも紹介したように、ロールス・ロイス・モーター・カーズの最高経営責任者であるトルステン・ミュラー・エトヴェシュ氏は、「スペクター」が初めて発表された、2021年9月29日に、次のように述べています。
「過去の『スペクター』と現在の『スペクター』の間には、心地よい対称性があります。当社の歴史において、『スペクター』は技術革新と開発、そして世界を変え続けるロールス・ロイス自動車の代名詞です。ほぼ1 世紀の隔たりはありますが、1930 年代の『スペクター』も今日の『スペクター』も、今後数十年にわたって当社の製品と顧客のエクスペリエンスを形作る推進技術の実験場となっています」
この最新の実験場以前にもロールス・ロイスは、チャールズ・ロールズ、ヘンリー・ロイスの二人の創業者の意思を継ぐように、電気自動車に関して、調査と実験と考察を繰り返してきました。
初の量産BEV「スペクター」につながる、現代のロールス・ロイスの最初の発信は、約10年前に前に実施したロールス・ロイスの電動化についての問いかけでした。
2011年3月、ロールス・ロイスはメディアに対して、以下の写真ような架空のEV「ファントムEE」こと「102EX」を発表。電動化の是非をオーナー、愛好家、一般大衆、社会人を含む幅広い利害関係者の反応を慎重にテストをし、1年間を通じて確立された代替ドライブトレイン技術を体験し、経験、考え、懸念を直接フィードバックする機会を提供することを報じました。
「ファントムEE」の設定は、世界最大の乗用車用バッテリーを搭載で、ピーク電流は 850A、338V DC で供給。全体の容量は71kWh。モーターの定格出力は 145kW で、最大出力は 290kW、トルクは広帯域で 800Nm 。最高速度は 160km/h に制限されますが、最大 200km の範囲まで走行できることが示唆されていて、0-90mph は 8 秒未満 で達成する性能でした。
そのリリースで ロールス・ロイスこう問いかけました。
「この車の量産バージョンを製造する計画はありません。『ファントムEE』の役目は、確立された BEV テクノロジーを調査し、質問に答えるだけでなく提示するために設計されたテストベッドとしての役割です。『ファントムEE』は、頻繁に再充電せずに、顧客に許容可能な範囲を提供できますか? 極限状態でも動作する能力に自信はありますか? 信頼性と品質は世界最高峰の自動車ブランドの期待に応えられるでしょうか?」
そして、歴史あるラグジュアリーカーメーカー、ロールス・ロイスは続けます。
「『ファントムEE』は、より根本的な疑問を投げかけます。全電気式ドライブトレインは、顧客に本物のロールス・ロイス体験、真にブランドにふさわしい体験を提供できるのでしょうか?」
そのリリースの最後に、ロールス・ロイスはこう締めくくりました。
「顧客、愛好家、メディアに 21 世紀の問いを投げかけます。エレクトリック・ラグジュアリー – それは完璧と言えるのでしょうか、それともロールス・ロイス・カーにとって容認できない妥協をもたらすのでしょうか?」
2011年の、「ファントムEE」のテストベッドの際のロールス・ロイスの問いかけには、自社が構築してきたガソリン車メーカーとしての歴史や、ガソリン車としてのロールス・ロイスを愛してきたオーナーや愛好者のEVシフトに対する抵抗感への心配りも感じられました。
しかし、考えてみれば、テスラが初めて量産に成功したモデルSがアメリカで納車され始めたのが2012年。そのモデルSが、アメリカの老舗自動車メディア「モータートレンド」のカー・オブ・ザ・イヤーを史上初の満場一致で受賞しガソリン車一色だった自動車業界に衝撃を与えたのが、2012年11月でした。
ロールス・ロイスがこのリリースをおこなった2011年の段階では、EVに対して懐疑的な意見が大半をしめていたはずですが、ロールス・ロイスは、老舗メーカーでありながらも「当社は、世界で最も目の肥えた顧客向けに、贅沢な自動車の最高峰を代表する車を生産しています。しかし、将来に目を向け、長期的な持続可能な成長を計画する必要性も認識しています」と語り、それこそがEVである可能を示唆しています。
前編でも触れたように、ロールス・ロイスのこの考え方には、創業者たちの存在が大きく影響しています。
ロールス・ロイスの創業者である、チャールズ・ロールス、ヘンリー・ロイス、クロード ジョンソンは、主要な自動車エンジン技術としての内燃機関の確立を先取りした電気革命で役割を果たしました。
ヘンリー・ロイスは、熟練した電気技師としてキャリアを積んでから、自動車製造の専門になりました。また、チャールズ・ロールスも、二人が出会う前の数年間に電気自動車を試していました。チャールズ・ロールスが、オートモビル・ジャーナルで電気ドライブトレインのメリットを解説するとともに、航続距離と再充電についての懸念を提起したことが記録されています。
「完全にノイズがなく、クリーンです。匂いや振動もなく、定置式充電スタンドが配置できればタウンユースでも重宝するでしょう。しかし、田舎での使用では、少なくとも今後何年もの間はあまり役に立たないと思います」(チャールズ・ロールス)
このコメントは、ロールス・ロイスでは、現代のEVへ対するチャールズ・ロールスの予言として語られてきました。
2011年に「ファントムEE」での調査がリリースされた際、ロールス・ロイスは、このように発表しました。
「21 世紀になっても、静粛性は依然としてロールス・ロイス車の重要な特徴です。全電気ドライブトレインの他の特性も、有名なロールス・ロイスの特徴を暗示しています。低速でのパワーはその一例です。バッテリー技術の向上のおかげで、1世紀以上前にロールス氏が言及した保守性は、現在、選択肢として全電気モーターを再検討するのに十分に発展しているのかもしれません」
ロールス・ロイスが発表した初のコンセプトEV「103EX」
「ファントムEE」のリリースから5年後、2016 年に、ロールス・ロイスから発表された革新的なコンセプトEVが「103EX」でした。多くの人々を驚かせたこのコンセプトEVは、完全電気ドライブトレイン、完全自動運転、強化された人工知能が搭載されており、ラグジュアリー モビリティの未来に対する、ブランドの妥協のない見解を示し話題となりました。
「103EX」のイメージ動画「先見の明のあるロールス・ロイス103EX。贅沢の未来への旅」
発表後、ほぼ4年間の間、世界中をツアーして回った「103EV」について、ロールス・ロイス・モーター・カーズの最高経営責任者トルステン・ミュラー・エトヴェシュは、こう語りました。
「私たちの最初の完全自動運転電気自動車として、『103EX』は大きな意図の声明でした。その技術革新では、ロールス・ロイスが電力を自動車推進の未来と見なしていることを明確に示しています。また、各車は顧客自身と同様に個性的で、楽で、自律的で、つながった、広々とした、美しい高級モビリティという私たちの急進的なビジョンを実証しました」
そして、その実証の進化系として初の量産EVの発売計画が、2021年9月29日に発表されます。それこそが、今回発売された「スペクター」だったのです!
4800万円のEVの真髄、ロールス・ロイス初のBEV「スペクター」完全解説 後編「ロールス・ロイス史上最高の空飛ぶ魔法の絨毯、究極の完全電気自動車『スペクター』」へ続きます。
出典参照
「PIONEERING 103EX MAKES TRIUMPHANT RETURN TO THE HOME OF ROLLS-ROYC」
「102EX – PHANTOM EXPERIMENTAL ELECTRIC PRESS KIT」