テスラ&イーロン・マスク

新刊「イーロン・マスク」上下巻、期待に違わぬ濃密さ。驚きやカタルシスに加え、多少の失望をもたらす珍しい読書体験!


by テスラ365日 @tesla365days

 待望の「イーロン・マスク」(上下巻)が発売されました。期待に違わぬ濃密な内容で、イーロン・マスクに興味を持つすべての人々に、驚きやカタルシス、加えて、多少の失望をもたらす珍しい読書体験に満ちた書籍だと思いました。

 個人的には、ツイッターのM&Aのパート、それと、家族(イーロンの両親、きょうだい、子どもたちとパートナーたち)の話がとても印象に残りました。父エロールの傲岸不遜っぷり、弟キンバルの公私にわたるサポートは、これまであまり詳しく語られていないエピソードが大変多かった。

 私たちEVcafe編集部では「TESLA FAN BOOK」(2023年3月刊)を制作した際、イーロンの評伝をかなり読み込みました。中でも「イーロン・マスク 未来を創る男」(2015年・アシュリー・バンス)、「INSANE MODE イーロン・マスクが起こした100年に一度のゲームチェンジ」(2018年・ヘイミッシュ・マッケンジー)、「イーロン・マスクの世紀」(2018年・兼松雄一郎)の3冊は付箋紙貼りまくって精読していたので、イーロン・マスクのビジネスキャリアについては、今回の新刊でも大体想定内の内容でした。

 Zip2の創業と売却、X .com(後にペイパルと合併)の創業と売却、スペースXの創業から現在に到る失敗と成功、テスラへの出資後、CEOに就任し今に到る紆余曲折などは、だいたいが既知のエピソード。


 ただし、先にあげた3冊の書籍は2015年から2019年頃のもの。イーロン・マスクにとっての大ピンチは2008年のもの(ファルコン1の3度目の打ち上げ失敗、ロードスターが出荷できずにテスラが倒産の危機、ジャスティンとの離婚)と2018年のもの(モデル3の生産地獄、テスラ株の空前の空売り、株式非公開化ツイートが炎上)が有名ですが、先の3冊の書籍に加え、この2018年の大ピンチとその後のイーロンについて詳細に記述した書籍はありません。今回のアイザックソンの「イーロン・マスク」は、2018年から今日(2023年4月ぐらい)に到る記述がとてもぶ厚く、最大の読みどころなのです。

 すなわち、上下巻の内容は「南アでの少年時代から、2019年7月にサイバートラックのプロトタイプをアンヴェイルしたところ」までが上巻、「サイバートラック発表から、2023年4月20日(そう、420です)にスターシップの打ち上げ実験を行ったところまで」が下巻。なので、長すぎるし値段も高いし全部読んでらんねえよって方は、下巻のみ買って読むのも全然アリだと思います。

 下巻は特に、ツイッターの買収に関する章が多く、この上下巻における白眉だと思います。M&Aを表明してから以降の、ツイッター首脳陣の真剣味のなさや、ユルすぎる企業文化に抱いた不満。M&Aを思いとどまって、撤退を試みたり、金額を値下げしようと試みたりといったドタバタ。結局M&Aを実行し、その後洗面台抱えて本社に乗り込んで以降の嵐のようなリストラ。

Twitter acoount of Elon Musk /@elonmusk/AFP/アフロ
Twitter acoount of Elon Musk /@elonmusk/AFP/アフロ


 この本で初めて知りましたが、このツイッターのM&Aに資金提供したのは、ラリー・エリソン(オラクのCEO)、セコイアキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツなどに加え、カタールのファンドも参加していました。そのカタールのファンドは、「マスクのワールドカップの決勝戦観戦が条件」で出資したそうです。そう言えば、のカタールW杯決勝で、スタンドで記念写真に応じるイーロンの姿がバズってましたよね。あれはツイッターM&Aの資金調達の一環だったんだと。また、後に暗号通貨取引所FTXを破綻させるサム・バンクマン・フリードが、「このM&Aに一枚かみたい。50億ドル出す」と言ってきたのを、イーロンは断ったそうです。

FIFAワールドカップ・カタール2022決勝戦、アルゼンチン対フランス戦を観戦するイーロン・マスクとドナルド・トランプの娘イヴァンカの夫ジャレッド・クシュナー(写真:Dan Mullan/Getty Images)
FIFAワールドカップ・カタール2022決勝戦、アルゼンチン対フランス戦を観戦するイーロン・マスクとドナルド・トランプの娘イヴァンカの夫ジャレッド・クシュナー(写真:Dan Mullan/Getty Images)


「スペースX」や「テスラ」の成功事例を引っさげて、ツイッターの本丸に乗り込んだものの、それまでの2社と同じやり方では上手くいかないというイーロンのストレスに、密着取材している筆者、ウォルター・アイザックソンが鋭く切り込んでいきます。

「マスクはツイッターをテック企業だと考えていたが、実は、人間の感情や関係に基づく広告メディアなのだ」とアイザックソンは看破します。「エンジニアリングに関する案件ならマスクの得意分野だが、人間の感情についてはマスクの頭の配線では対応が難しい。だから、マスクによるツイッター買収は問題なのだ」と。


 ツイッター(その後「X」に改称)のドタバタは現在も続いていますが、この本には光明も記してありました。それは、これまでツイッターにポストされてきた、累計で1兆を超えるツイート。いまも1日5億ツイート増えています。これをAIでマネタイズしようと。折しも、イーロンはFSD(完全自動運転)12を試すライブ動画を8月にアップしましたが、そのドライブの様子もこの本に記されています。すでに路上を走る200万台以上のテスラから送られてくる数十億フレームの走行データが、テスラのFSDを完成に導こうとしています。

 スペースXもまた順風満帆です。スターシップの2度目のテストフライトは来月(2023年10月)に実施予定です。

 最高のタイミングで出版されたこの「イーロン・マスク」上下巻は、マスクの信者を熱狂させる一方で、「いくら何でもそれはやり過ぎだろう」「そんなヒドいことする人だとは知らなかった」という残念な感情も喚起します。それは、スティーブ・ジョブズの評伝本よりも強いと感じます。

「歴史的偉業に突き進む男なら、ひどい言動や冷酷な処遇、傍若無人なふるまいも許されるのか? 答はノーだ。もちろんノーだ」と、筆者アイザックソンも述べています。

 冒頭にも書きましたが、この本は面白い。とくに、イーロンの偉業ををよく知る人々には面白過ぎます。期待に違わぬ濃密さがあります。しかし、驚きやカタルシスに加え、少なからぬ失望をも同時にもたらす希有な書籍です。実に複雑な読後感を覚えました。イーロン・マスクに人一倍興味を持っている方には、是非とも読んでいただき、色んな感想を聞いてみたいと思います。

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