EVcafeで考える 第28回
by がす
「ロボタクシーが普及したら、自分のテスラをネットワークに貸し出して稼げる」。イーロン・マスクが2019年から言い続けてきた、あの構想です。2025年6月にオースティンでロボタクシーの運行が始まり、2026年1月には完全無人での有料運行も確認されました。この話はもう夢物語ではなく、料金表のある現実のサービスになってきました。
それで、今日の記事は二部構成です。前半は「もし参加できたら月いくら稼げるのか」という試算。後半は「そもそもあなたの車は参加できるのか」という、あまり語られない現実の話。結論を先に言うと、この二つをつなぐ鍵はボンネットの中のチップ一枚なんですよね。
まず、捕らぬ狸を数えてみる
オースティンのロボタクシーの現行運賃は1乗車4.2ドル(約630円)の定額です。420はマスクお気に入りの数字なので、これは実質的なプロモーション価格でしょう。距離制に移行すれば単価は上がるはずですが、今日はこの数字を土台にします。
想定はこうです。平日の昼間、あなたが職場で仕事をしている8時間、車をネットワークに供出する。市街地で1時間に2乗車をさばくとして、1日16乗車。売上は67ドル、日本円でざっくり1万円です。
ここでテスラが何割取るのかですが、プラットフォーム手数料率は現時点で未公表です。Uberの手数料やマスクの過去発言(車両オーナー側が多めに取る設計を示唆してきました)から、仮に35%と置きます。するとオーナーの取り分は1日6500円、月25日稼働で16万円強。
そこから経費を引きます。電気代、ロボタクシー用の保険、タイヤなどの消耗、清掃と管理。差し引いて手元に残るのは月8万〜10万円というあたりでしょうか。前提を保守的に倒しても、車のローンがほぼ相殺できる水準です。「車は買った瞬間から負債」という常識が「車は稼働資産」に反転する。マスクがロボタクシー構想を「テスラ車の価値を根本から変える」と言い続けてきた理由が、この単純な掛け算に詰まっています。
ただし、です。

この試算、HW3の車には関係なくなりました
「なくなりました」と過去形で書いたのは、2025年の秋に決着がついたからです。時系列で並べます。
2019年。マスクは「すでに販売済みの全テスラ車が、将来のソフトウェア更新でロボタクシーになれる」と明言しました。当時の搭載チップがHW3です。この言葉を信じて、多くのオーナーが数十万円のFSDを買いました。
2025年10月7日。マスクは説明会で「残念ながら、HW3には監視なしFSDを実現する性能がない」と明言します。ハードウェアの限界を、本人がついに公式に認めた瞬間です。FSD購入済みのHW3オーナーへの対応は、チップの載せ替えではなくAI4(HW4)搭載車への移行を促す方向だと説明されました。
2026年4月。オランダでは、2019年に6400ユーロでFSDを購入したオーナーがテスラに問い合わせたところ、7年待った末に「じっと待ちましょう」と返答された事例が集団訴訟の文脈で報じられています。この種の訴訟リスクは最大で約14.5億ドルと指摘されており、2019年の約束は法廷の争点になりつつあります。
つまりロボタクシーの果実に手が届くのはAI4以降の車で、HW3の数百万台は入場資格の外に置かれることが確定した。これが2026年夏時点の現在地です。
FSD v14 Liteという「線引きの公式文書」
そしてこの線引きを製品の形で示したのが、2026年7月に提供が始まったFSD v14 Liteです。HW3搭載車向けに、最新FSDの機能を縮小した版をまず米国から配り始めました。
名前のとおりLite版ですが、注目すべきは何が削られたかです。監視なしFSD、つまりロボタクシー参加の前提となる能力が、設計段階から外されています。HW3の性能では実装できないと認めた以上、当然の設計ではあるんですが、オーナー目線では意味が重い。これは「HW3は監視付きの運転支援まで、無人運転はAI4以降」という二層化を、テスラ自身が製品として明文化したものだからです。

ここから導かれる帰結はシンプルです。テスラの中古車市場に「チップの銘柄」という査定軸が生まれます。同じモデルY、同じ年式、同じ走行距離でも、ロボタクシーに参加できる個体とできない個体では、資産価値のカーブが根本から分岐する。先ほどの試算のとおり月8万円を生む可能性のある車と、生まない車。5年で数百万円の差です。中古価格に織り込まれない理由がありません。
それで、日本はどうなのか ?
ここまで読んで「そもそも日本でロボタクシーなんて走れるのか」と思った方、正しい感覚です。日本の時間軸は別で考える必要があります。
法制度の入り口は、実はすでに開いています。2023年施行の改正道路交通法で、レベル4の無人運行を都道府県公安委員会の許可制で認める「特定自動運行」の枠組みができました。ただしこれは運行主体・地域・路線を特定して許可を取る仕組みで、個人のテスラが勝手にネットワークに参加して流しのタクシー業務をやることを想定した制度ではありません。
それに、自家用車で客を運ぶこと自体が道路運送法の壁に当たります。2024年に始まった日本版ライドシェアも、タクシー会社の管理下という条件付きでした。つまり日本では、車が技術的に無監視運転できるようになっても、「個人所有車の供出モデル」が解禁されるまでにもう一段、制度の山があります。
そもそもテスラのFSDは、日本ではまだ監視付きですら提供されていません。順序としては、FSD(監視付き)の国内展開、無監視への段階的移行、そして供出モデルの制度整備。それぞれに年単位の時間がかかると見るのが現実的でしょう。
ただ、ここで冒頭のチップの話に戻るんです。日本で解禁が遅れるということは、日本のオーナーには「その日が来たときに参加資格のある車かどうか」を見極めてから買う時間がある、ということでもあります。米国のHW3オーナーが7年越しの梯子外しに直面しているのを、我々は対岸から観察できる立場にいる。これは不利なようでいて、購入判断においてはむしろ有利です。
これから日本でテスラを買う人に伝えたいのはシンプルで、「値引きやグレードだけでなく、積んでいるチップの世代を確認してから決めてください」ということです。5年後、その一枚が車の性格を決めているので。

最後に一段だけ、チップの裏側の話
なぜテスラはAI5、AI6、AI7と矢継ぎ早に世代を重ねようとしているのか。背景には、設計だけでなく製造能力そのものを自社で抱え込もうとする、いわゆるテラファブ構想があります。車載チップの供給を外部ファウンドリの生産枠に依存している限り、ロボタクシーの展開速度は他社の工場の都合で決まってしまう。それを自分の手に取り戻す、という話です。
HW3の一件が教えてくれたのは、テスラにおいてチップは部品ではなく、その車が事業に参加できるかどうかを決める資格証だということでした。そしてテスラ自身にとっては、ロボタクシー事業のスケーリング速度そのものでもある。
「あなたのテスラは寝てる間に稼げるか」。その答えは、カタログの航続距離でも0-100加速でもなく、ボンネットの中の一枚に書いてあります。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

