EVcafeで考える 第39回
by がす
テスラ モデル3に乗っていると、たまに聞かれます。「次は全固体電池のEVを待ったほうがいいの?」と。私も気になって調べ始めたのですが、途中で気づいてしまいました。世の中で「全固体電池」と呼ばれているものが、実は二種類あることに。そしてこの二つ、性能もコストも開発手法も、まるで別物です。
今日はこの話を整理します。着地点だけ先に言うと、「自動車メーカーが空飛ぶクルマに本気なのは、夢ではなく財務の話」というところまで行きます。
もうすぐ出る全固体電池の正体
まず、ニュースでよく見るほうの全固体電池です。トヨタと出光興産は2023年10月に量産化へ向けた協業を発表し、2027〜28年の全固体電池実用化を目指しています。出光の千葉事業所には年間数百トン規模、世界トップクラスの固体電解質パイロット装置が2027年中に完成する予定です。トヨタ側の計画では、早ければ2027〜28年に全固体電池を積んだ量産EVが姿を見せるとされています。日産もホンダも似た時間軸で動いています。
これは本物の進捗です。研究室のフラスコの中の話ではなく、プラント建設の話まで来ています。ただしこの第1世代、中身は硫化物系という材料です。イオンはよく通るのですが、空気中の水分に触れると硫化水素という有毒ガスを出します。だから工場全体を極限まで乾燥させたドライルームにする必要があり、設備コストが跳ね上がる。おまけに高価な希少元素にも頼っています。
つまり第1世代は「現行技術の限界を力技で突破した初期型」です。急速充電は速くなり、燃えにくくもなる。ただ、価格はしばらく高止まりします。載るのは高級車やフラッグシップから。私のモデル3クラス(500万円前後の量販EV)に降りてくる話ではまだありません。

本命は「まだ設計図しかない」ほう
それで、二種類目です。ハロゲン化物系や酸化物複合系と呼ばれる、次の世代の材料。こちらは大気中で安定していて無毒、地球上にありふれた安い元素だけで構成でき、エネルギー密度は現行リチウムイオンの倍以上を狙える。ドライルームも希少金属も要らないので、量産コストの構造が根本から変わります。こちらのほうこそ、みんなが「夢の電池」と聞いて想像しているものです。
問題は、その材料がまだ見つかっていないことです。
正確に言うと「存在しないかもしれない」のではありません。元素の組み合わせと結晶構造の候補は天文学的な数になりますが、物理法則の上では、条件を満たす安定な構造がその中に埋まっていることは分かっています。新薬と同じで、自然界に落ちているのを拾うのではなく、人工的に設計して合成するタイプの話です。地図のどこかに宝が埋まっていることは確実だが、座標が分からない。手作業で掘ると何十年かかるか分からない。
ここで量子コンピューターが出てきます。イオンが固体結晶の隙間をすり抜ける現象そのものが量子力学の世界なので、電子同士の複雑な絡み合いを近似なしで計算できるのは、原理的に量子コンピューターだけです。従来のスパコンは大胆な近似に頼るため、「計算上は完璧に見えたのに、作ったら全然イオンが通らない」というハズレを量産してきました。
「なければ絶対に進まない」わけではありません。ただ「なければ完成まで何十年もかかり、ビジネスとして成立しない」。この意味で、次世代全固体電池の開発において量子コンピューターは実質的に不可欠な道具になっています。
未完成の量子コンピューターで、どう戦っているのか
「いや、その量子コンピューター自体がまだ完成していないだろう」というツッコミは正しいです。それでも開発は止まっていません。未完成のまま使う方法があるからです。
やり方はハイブリッドです。まずAIと従来型スパコンで候補を大雑把に絞り込み、残った候補のうち電子相関が絡む一番難しい部分だけを量子計算(または量子力学データを学習したAI)に投げる。実例として、マイクロソフトと米国立研究所PNNLは3200万通りの材料候補からわずか80時間で23個まで絞り込み、特定された新素材はすでに合成され、プロトタイプ電池で電力の発生にも成功しています。リチウム使用量を最大70%削減できる可能性のある固体電解質で、電球を点灯させるところまで到達しました。人手なら20年以上かかったとされる探索です。
ハードウェア側も進んでいます。Quantinuum(クオンティニュアム)が2025年11月に商用化した「Helios」は98物理量子ビットで、エラー訂正済みの48論理量子ビットが物理性能を上回る成績を達成し、2026年6月にはサンディア国立研究所との査読済み論文がNatureに掲載されました。完全体には程遠いですが、「化学シミュレーションの一番難しい部分を任せる」用途なら、もう実戦投入が始まる水準です。ちなみにQuantinuumには私も少し投資しています。

それで、誰がその高い電池を買うのか
ここからが本題です。仮に次世代材料が特定され、合成レシピが確立し、量産ラインが立ち上がったとします。開発に溶けた金額は各社合計で兆円単位。この投資、どこで回収するのでしょうか。
普通に考えると「大衆EVに載せて回収」なのですが、これが成立しません。現行のLFP電池はギガファクトリーの量産効果で価格破壊が進んでいて、次世代全固体は初期段階でその数倍のコストになります。しかも街乗りの乗用車は、航続400kmと拡充される充電網があれば十分に成立してしまう。安い電池とインフラの組み合わせに、高い電池は勝てません。私のモデル3も、正直なところ現行電池で何も困っていません(真冬の航続低下にはたまに文句を言いたくなりますが)。
だから、回収の場は「重さが商売の生死を分ける市場」になります。トラックは電池が重いと積める荷物が減る。そして極めつけが、空を飛ぶ乗り物です。重力に逆らって浮上する機体にとって、電池の重量あたりエネルギー密度は快適装備ではなく成立条件そのものです。現行電池のeVTOL(電動垂直離着陸機)は航続がせいぜい100km程度で頭打ちになりますが、密度が倍になれば都市間移動が視野に入る。しかも航空ビジネスは、安全性と軽さのためなら電池単価が地上の数倍でも採算が合う世界です。
つまり次世代全固体電池には、既存のリチウムやLFPでは真似のできない性能と、その性能に高値を払う顧客が揃った「最初の受け皿」が必要で、それが空だということです。
自動車メーカーはもう動いている
これは机上の話ではありません。トヨタはeVTOL開発のJoby Aviationに累計8.94億ドルを出資済みで、2026年6月30日には機体生産を担う合弁会社をトヨタ51%・Joby49%の出資比率で設立しました。マイナー出資ではなく、過半数を握る生産会社です。ホンダは自社でeVTOLを開発中、スズキはSkyDriveに出資して自社工場で機体製造を始めています。
なぜ航空機メーカーではなく自動車メーカーなのか。エアタクシーが商売として成立するには、ボーイング式の手作り少量生産ではなく、月産数千機を精密量産する体制が要るからです。それができるのはトヨタ生産方式を持つ側です。
この流れを電池側から見ると、構図がきれいに繋がります。莫大な開発費を投じた次世代全固体電池を、赤字を出さずに高値で売り切るための受け皿として、空飛ぶクルマを自ら育てざるを得ない。空で初期コストを回収し、量産で歩留まりを上げ、価格が落ちた頃にようやく地上の大衆EVへ降りてくる。トリクルダウンの出口を自前で建設している、という読みです。

まとめと、外れる場合の話
まとめましょう。もうすぐ出る全固体電池(硫化物系の第1世代)と、本当の夢の電池(量子計算で探す次世代)は別物です。次世代の探索には量子コンピューターが実質的に不可欠で、その量子コンピューター自体は未完成ながら、AIとのハイブリッドですでに実戦成果を出し始めている。そしてその高価な電池の商業量産を正当化するには、エネルギー密度が生死を分ける市場、つまり空が必要になる。
だから結論はこうなります。次世代全固体電池を開発せざるを得ない自動車メーカーは、開発コストを回収するために、その電池が活かせる空飛ぶクルマを作らざるを得ない。
自白しておくと、この読みが外れる経路も見えています。eVTOLの型式認証は想像を絶する長期戦ですし、Joby自身、商用運航はこれからです。認証の遅れが10年続けば、次世代電池の受け皿は空ではなく防衛やデータセンター向け蓄電になるのかもしれません。ちなみにテスラはこのレースに乗らず、既存電池のコスト側を固めて「地上の勝者」の椅子を取りにいっています。両方の椅子取りゲームを眺められる今は、電池好きには最高の時代なのです。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

