EVcafeで考える 第33回
by がす
英経済誌「The Economist」の編集長であるザニー・ミントン・ベッドーズ氏が、イーロン・マスク氏にテキサスのギガファクトリーで実施したロングインタビュー(2026年7月20日付け)を見た感想です。今回のインタビューを見て、一番引っかかったのはAIの知能予測の部分ではなく、「誰がスイッチを持っているのか」という話でした。
「The Economist」のザニー・ミントン・ベッドーズ編集長によるイーロン・マスク氏のロングインタビュー
提案の中身はわりと真っ当
インタビューの前半、マスクはAI企業間の自主的なガバナンス案を語っています。主要なAI企業が数週間おきに非公開の通話をして、新しいフロンティアモデルを一般公開する前に、競合他社に1〜2週間のテスト期間を与える。その上で、危険な兆候があれば公開を遅らせるよう提言できる仕組みです。引き合いに出しているのが映画のレーティング機関で、業界団体が自主的に線引きをして、それがそれなりに機能しているという理屈でした。政府はあくまで最後の砦として温存し、企業側が対応を拒んだ場合にだけ介入する、という設計です。
これ自体は筋が通っています。技術的な中身を理解しているのは規制当局より競合企業のほうだ、という指摘も正しい。実際、この提案が出てきた背景には、Amazonがあるモデルのサイバーセキュリティ上のリスクをホワイトハウスに直接伝え、それが輸出規制という形で公開の足止めにつながったという事例があります。政府ではなく一民間企業が最初に警鐘を鳴らした、という事例をマスク自身が引き合いに出しているのも興味深いところです。競合他社のチェックが機能した実例として。
でも、その同じ口で語っている「個人の力」
面白いのはここからです。インタビューの後半、話題はウクライナとスターリンクに移ります。ロシア側がウクライナ経由で入手したスターリンク端末を使っていたことに対して、マスク側は承認端末のホワイトリスト化という手段で対応しました。これは事実上、通信インフラのオンオフを一企業、というより一個人の裁量で決められることを意味します。前線の作戦行動に直結する話です。
さらにスペースXの株式構造。IPO後も8割超の議決権を握り、実質的に自分以外は自身をCEOから解任できない立場にいる。理由として語られるのは「四半期ごとの利益圧力から自由になって、5年10年単位の投資判断をするため」という、これも筋としては理解できる説明です。火星基地に金を使いすぎて四半期の決算が不調でも、空売り筋に叩かれずに済む、という話。
つまり整理するとこうなります。AIモデルのリリースについては「競合他社同士がお互いをチェックし合う仕組みが必要だ」と言う一方で、自分が握っている通信インフラの生殺与奪や、会社の議決権については、チェックする仕組みの話が一切出てこない。相互監視の対象になっているのは常に「他社のAIモデル」であって、「自分が実効支配している物理インフラや議決権」ではないのです。

スペースXの株式構造では、IPO後も8割超の議決権をイーロン・マスク氏が握る((写真:スペースXによるX公式アカウントへの投稿動画より)
非対称性の理由は、たぶん単純
これは陰謀論的な話ではなく、単純にインセンティブの構造として自然な帰結だと思います。AI企業のガバナンス案は、自社が持っていない種類のリスク(他社のモデルが暴走すること)に対する提言だから、コストなしで正義の立場に立てる。一方でスターリンクの端末管理や議決権集中は、自分の手中にある資産そのものの話だから、それを手放す提案をする動機がそもそも存在しません。誰でも同じ立場に立てば似たような線引きをするでしょう。
ただ、インタビュー全体を通して語られている「10年後には知能があまりに豊かになりすぎて、お金という概念すら意味を失う」という壮大な未来予測と、「でも通信衛星のスイッチと会社の議決権は今のまま自分が持っておく」という現実的な権力の握り方の温度差は、聞いていて素直に面白かったです。デジタル知能の分散と物理インフラの集中が、同じ人の頭の中で矛盾なく同居している。
映像制作の現場から見た感想
自分の仕事に引き寄せると、AI動画生成ツールの世界でも似た構図があります。モデルを作っている側は「オープンにする」「みんなの創造性を解放する」といった言葉を使いますが、実際に運用面でアクセス制限や生成の可否を握っているのはプラットフォーム側です。今日使えていたスタイルが来月には規約変更で塗りつぶされる。その裁量権を誰が持っているかという一点において、AIの知能そのものより、インフラとアクセス権を握っている個人や企業の存在のほうが、現場感覚としては重いと感じます。
マスクの提案する「企業間の相互監視」は、AIモデルの暴走に対しては一定の効果があるかもしれません。ただ、その仕組みを設計している当人が同時に、それとは別次元の個人的な力を無審査で保持し続けているという事実は、今回のインタビューを通して一番記憶に残った部分でした。
それでも「マスクなら任せられる」と思ってしまう理由
ここまで書いておいて、正直に告白すると、自分の中にも「でもマスクなら任せてもいいか」という感覚が残っています。同じ量の権力を、仮にサム・アルトマンやマーク・ザッカーバーグ、あるいはビル・ゲイツが握っていたらどうか。おそらく素直には頷けません。この差は何から来ているのか、自分なりに考えてみました。
ひとつは「モノを作っている感」です。電気自動車もロケットも、失敗すれば燃えて爆発する、誰の目にも明らかな物理製品です。対してアルトマンやゲイツの権力は、資金配分やソフトウェアという見えにくい形で行使される。失敗が可視化されにくい相手より、壊れる瞬間が見える相手のほうを信用しやすい、というのは人間の癖であって、権力の設計の善し悪しとはたぶん関係がありません。

もうひとつは露出量です。マスクはXで思考をほぼ垂れ流していて、失言も撤回も全部後から追える。ゲイツやアルトマンの発言は比較的コントロールされていて、何を考えているか掴みにくい。人は見えている失敗より見えない意図のほうを怖がるので、露出の多い人間のほうが結果的に信用されやすいという逆説が起きます。
そして残りの大部分は、たぶん過去のスキャンダルの記憶です。ザッカーバーグへの不信は個人データの扱いを巡る過去の問題から来ていて、ゲイツへの不信は真偽不明の陰謀論の影響も大きい。一方、アルトマンへの不信はOpenAIの理事会解任騒動の印象が強く残っているだけかもしれません。つまり「誰なら任せられるか」の判断は、権力を縛るチェック機構が実際にあるかどうかではなく、その人物への感情的な信頼度でほぼ決まっている。冷静に考えれば、これはかなり危うい選び方です。この読みが外れている可能性ももちろんありますが、しばらくはこの落とし穴を意識しながらニュースを追っていくつもりです。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

