EVcafeで考える 第23回 by がす
世界中でNVIDIAのAI加速GPU「H100」を巡る争奪戦が繰り広げられています。ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)を動かすために必要なH100は、まさに”金のシャベル”です。GAFAをはじめ、AIスタートアップまでもが数千億円単位の投資を行い、H100を確保しようとしています。
しかし、そんな熱狂の裏側で、イーロン・マスクはまったく異なる未来を見ています。彼が目指すのはクラウド上の学習覇権ではありません。もっと先、学習したAIを現実世界に実装するための”出口”を自ら握ることです。
マスクが育てているのは、文章を作るAIではありません。道路を自律走行し、人間と対話し、荷物を運ぶ──現実世界で動き続けるAIです。

テスラの完全自動運転「FSD」、そしてAIロボット「オプティマス」。これらの背後にあるのが、テスラが自社開発したAIスーパーコンピュータ「Dojo」です。Dojoは毎日数十万台の車両から集まる映像やセンサーデータを処理し、AIモデルを進化させ続けています。

だが、どれほど優れたAIをDojoで学習させても、それを現実世界に展開する”出口”がなければ意味がありません。そこで重要になるのが、FSDやオプティマスに搭載されるAIチップです。テスラが開発したこのチップが「AI6」です。
2025年7月、テスラはAI6の量産をサムスンと約165億ドル(約2.4兆円)の契約で合意しました。生産は米テキサス州テイラー工場で、サムスンの2nmプロセス「SF2」を用いて行われる予定です。この契約の最大のポイントは、テスラが製造ラインに深く関与できることにあります。イーロン自身も「自分が製造ラインを歩いて進捗を加速させる」と語りました。

歩留まりの高さで優れるTSMCのN2プロセス(70%以上)ではこうした現場介入は認められません。一方、歩留まりが40〜45%と報じられるサムスンは、テスラが設計改善や工程改良に直接関与することを許したのです。
これは、単にコストを抑えるための選択ではありません。テスラは”歩留まり”ではなく”製造主導権”を選んだのです。アナリストのミン・チー・クオ氏も、この動きを「リアルな製造知見を得る最大の機会」と評価しています。言い換えれば、AI6はテスラが製造ノウハウを獲得するための布石だったのです。
そして、その知見を活かす次の一手が「AI7」です。AI7は最初から自社製造を前提に設計された本命チップです。AI6が”リハーサル”なら、AI7は”完成形”といえるでしょう。
AI7はFSDやオプティマスの頭脳となるだけでなく、省電力で小型、現場で自己学習できる”モバイルDojo”として進化する可能性があります。AI7を搭載した車両やロボットが世界中で稼働し、現場で学んだ知見をクラウドのDojoに送り返します。そして再学習されたAIモデルが再びAI7に戻されます。この循環が世界規模で形成されれば、テスラはかつてイーロンが語った「テスラ車が巨大AIネットワークになる」というビジョンを現実のものにできます。
ARK Investのブレット・ウィントン氏も「すべての動く機械に推論チップが必要になる」と投稿し、イーロンはこれに🎯で反応しました。

AI7の行き先はFSDやオプティマスに留まりません。物流ドローンや倉庫ロボット、家電、建設機械、船舶──あらゆる”動くモノ”がAI7を搭載し、世界を学習する分散型AIネットワークの一部になる未来が見えてきました。
AIチップは、これからの時代における”未来のOS”です。誰がAIチップを設計し、製造し、世界中の端末に組み込むかが未来の主導権を決めます。GoogleやOpenAIはAIモデルは持っていても端末は持ちません。NVIDIAもチップ製造そのものは外部に依存しています。テスラはどうでしょうか? Dojoという学習基盤、AI6/AI7というAIチップ、FSD車やオプティマスという端末──その全てを自社で揃えています。
だからこそイーロンは、製造ラインを歩こうとしているのでしょう。製造の自由度と供給の安定性を確立することが、テスラの未来戦略の中核だからです。AI7が量産されるとき、世界中の動くAIノードが相互に学び合い進化する分散型AIネットワークが完成します。それはクラウドAIで覇権を握ったNVIDIAをも凌ぐ影響力を持つかもしれません。
AI6は布石、AI7は決定打です。イーロン・マスクは確信しています。世界はAIチップで動くようになります。そして、そのAIチップの主導権を”テスラ製”で握ろうとしているのです。
(文・がす)

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。プライベートでは2024年からイーロン・マスクの公式パロディアカウント(フォロワー240万人)からオファーをもらいイーロン・マスク(パロディ)公認のAIデザイナーとなり、ハイクオリティなAI画像をイーロン・マスク(パロディ)に提供。TikTokでは、「Elon Musk’s Mars Food」が計500万再生を記録。
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