特集&エッセイ

BYD Auto Japan 東福寺厚樹社長に聞く「EVの魅力を伝える方法」

EVの魅力を伝える方法 vol.1

「乗れば分かる、それがEVの魅力です」BYD Auto Japan 東福寺厚樹社長

 1995年にバッテリーメーカーとして中国・深センで創業したBYD。自動車産業に参入したのは2003年ですが、その後、中国政府の新エネルギー自動車産業強化の後押しを受けてBEVやPHEVに注力し、現在のEV販売台数は世界一を誇ります。

 日本市場には、2023年1月にSUV「ATTO3」を初上陸させ、同年9月に小型ハッチバック「ドルフィン」を発売。地道に販売網を広げながら、2024年6月25日に満を持して第3弾となるフラッグシップモデル、4ドアセダンの「シール」の発売を開始しました。目覚ましい急成長を遂げるBYD Auto Japanの東福寺厚樹社長に、BYDについて、EV普及の課題とその克服についてお聞きしました。

好調な滑り出しの新モデル「シール」は、2週間で200台を成約


――6月25日にBYDのフラッグシップモデルとなるeスポーツセダン「シール」を発売開始し、2週間ほど経ちました。出足はいかがですか。

東福寺社長 最初の週末で約140台、翌週末に64台のご成約をいただきました。うち40台は、8月末に発売予定の四輪駆動車(シールAWD)ですので、2週間で約200台というのは非常に良い出足かなと思っています。四駆を試乗してから決めたいというお客様もかなりいらっしゃいますし、今月末に二輪駆動車の、来月に四駆のCEV補助金も決定しますから、8月にならないと正式なところは分かりませんが、期待しています。

BYD Auto Japan 東福寺厚樹社長
BYD Auto Japan 東福寺厚樹社長

――発売前後にはけっこうメディアの露出もありましたし、長澤まさみさんがイメージキャラクターのTVCMも話題になりました。BYDの認知度も、ぐっと上がったのではないでしょうか。

東福寺社長 そうですね。「シール」発売前にメディア向けの試乗会を開催し、メディアを通じて、興味関心を抱いているお客様に情報提供できたのは大きかったと考えています。また、日本初となるBYDのEV「ATTO3」を発売した2023年1月末以降、約1年かけて33店舗だった販売網を少しずつ拡大し、同時にモーターショーやイベントに積極的に出品して、試乗の機会を作ってきました。ディーラー網が55拠点まで増え、「シール」発売を目前に控えた段階で、もう一段ブランド認知を高めたいということで、「ATTO3」や「ドルフィン」のメイン購買層である30~40代女性に好感度の高い長澤まさみさんの力をお借りしました。

長澤まさみさんがイメージキャラクターとなったTVCMも話題に
長澤まさみさんがイメージキャラクターとなったTVCMも話題に

日本人が好きな控えめ感がなかなか伝わらなくて

――「ありかも、 BYD!」というキャッチコピーも絶妙でした。

東福寺社長 「ありでしょう」とか「絶対あり!」とか、いろいろ候補もありました。中国本社からは「なんで、あり“かも”なんだ、“ありかも”じゃないだろう」と言われたんですけど(笑)。

――なんで、そんな弱気なんだと(笑)。

東福寺社長 ええ。「この一歩控えめな感じのほうが、日本ではより好感度が増すんですよ」というのがなかなか伝わらなくて…。

――外資系企業の場合、国内独自の販売手法やマーケティング戦略を展開しづらいことがままありますが、BYDではいかがですか。

東福寺社長 「この通りにやれ」というような押しつけはあまりないですね。EVのようなBtoCの領域こそ最近ですが、BYD自体は20年以上前から公共交通機関向けにEVバスを販売したり、EVフォークリフトを直販したり、日本国内で長くBtoB事業をしてきていますから、本社も日本市場の特性や事情はよく理解しています。なので、裁量権は我々にもけっこうあって、割と自由にできていると思いますね。

ロンドンバスも手掛けるBYDは、日本でもEVバスやEVフォークリフトを販売。EVバスの販売シェアは8割を超える
ロンドンバスも手掛けるBYDは、日本でもEVバスやEVフォークリフトを販売。EVバスの販売シェアは8割を超える

発表会で展示された新モデルのBYD シール。PERFECT OR NOT? のキャッチコピーが印象的
6月の発表会で展示された新モデルBYD シール。PERFECT OR NOT? のキャッチコピーが印象的

中国のテック企業 BYDの仕事の進め方とは?

――東福寺社長は三菱自動車に30年いらっしゃって、その後フォルクスワーゲンを経てBYDに入社されました。企業風土やカルチャーにギャップを感じることもあったのではないですか。

東福寺社長 それはもう毎日感じています。一番大きな違いは、BYDがバッテリーメーカーとしてスタートした会社で、現在も最先端の電子部品サプライヤーだということ。ITエレクトロニクス事業はBYDの大きな柱でもあり、EVにおいてもテック系の時間軸で動いているんです。よくムーアの法則※1とかドッグイヤー※2とか言いますが、そのスピード感覚で車を作る。従来の自動車メーカーだと、まずコンセプトを作って、設計、試作、量産にいたるまでで約4年、量産を開始してからマイナーチェンジを含め、フルモデルチェンジまでが約8年から10年、そこから部品供給が約10年というふうに、一つのモデルの“ライフ”がだいたい25年くらいあるんですが…。

※1 ムーアの法則 
インテルの共同創設者であるゴードン・ムーア氏によって提唱された「半導体回路の集積密度は1年半~2年で2倍となる」という予測。

※2 「犬の1年は人類の7年に相当する」ことから、技術革新スピードの加速化を指す。

――なるほど、従来の車だと、そうなんですね。

東福寺社長 ええ。ところがBYDだと、量産開始までの導入期の4年分を1年半ぐらいでやってしまう。絶対外せない重要な部分をいかに同時並行化していくか、いかに省力化、合理化を図っていくか。激しい競争環境にあるテック企業は、マーケットの変化をすばやくキャッチして、競合に対抗する商品を生み出していくので、そうした思考パターンや取り組み方が自動車分野でも行われています。自動車業界は、慣習的に1つ1つ段階を経て進みますが、BYDは1段階目から先の予測も立てて、いろんな工夫を重ねて3段階くらいを同時にまとめて進めていくんです。

――やはりEVは車というよりテックであって、テック企業の進め方になるんですね

東福寺社長 ただ、BYDのこのスピード感覚は、テック企業だからというだけでなく、中国企業ならではの厳しい競争環境も背景にあります。中国政府が新エネルギー自動車を産業政策として強化すると発表してから1000社を超える企業が参入しているんですが、その中での生き残りの戦いですから、正直、既存の自動車メーカーを見ながらどうこうという時間軸ではないんです。

BYDの時間軸に「従来の自動車業界とはギャップを感じた」という東福寺社長
BYDの時間軸に「従来の自動車業界とはギャップを感じた」という東福寺社長

スピードで勝ち取ったBYDの世界1位

――でもBYDは、その厳しい競争に勝ち抜いて世界で1位になりました。

東福寺社長 そうですね。私が入社した2021年は、販売台数が72万台で、そのうち12万台はガソリン車でした。それが翌2022年には、ガソリンのみの車は生産を停止すると発表し、その年はほとんどがEVとPHEV(プラグインハイブリッド車)だったにもかかわらず、前年比約2.5倍の186万台を販売、昨年2023年は、さらに約1.7倍の302万台を売り上げました。三菱自動車で10年ほど工場勤務を経験した私には、こんな短期間にキャパシティ3倍もの生産設備を整えられること自体、信じられません。でも、そうした意思決定ができるのが創設者である王伝福さん(BYD会長兼CEO)のすごいところなんでしょうね。

――お聞きしているだけで、圧倒されます。

東福寺社長 「速さ」で言えば、もう一つ。昨年、ブラジルやメキシコを訪問した王伝福さんから「(中国に)帰国する前に、東京でトランジットする。半日あるので、案内してくれないか」と頼まれたんです。何人で来るのかと思ったら、10人ほどだと。それが、みんな各部門の最高責任者なんです。取締役会のメンバーが一緒に動いているなんて、あり得ないですよね。飛行機が落ちたら、どうするんだ?っていう(笑)。

――日本では考えられませんよね。

東福寺社長 そしたら、彼ら、移動中のバスの中で、ずーっとワイワイ楽しそうに日本市場について話し合っているんです。私にいくつも鋭い質問をしてくるし、道中、日本車のショールームなどあちこちアポなしで立ち寄るし、夜は直接BYDのディーラーさんと意見交換しながら会食。会食後には、彼らだけでディスカッションして、翌日には日本市場についての方針がもうペーパーにまとまっているという。日本企業なら2カ月ほどかけて入念に準備する経営戦略会議のような取締役会を、半日の移動中にやってしまうんです。特に、ここ数年が他社を突き放す勝負どころだと捉えているからでもあるのですが……。

UEFA EURO 2024™のオフィシャル・パートナーになり、欧州でも認知度をアップさせたBYD

BYDへの転職で自分がこんなにバズるとは想像もしなかった

――すごいですね。急成長の理由が伝わってくるようなエピソードです。そもそも東福寺社長ご自身は、どういった経緯でBYDに入社されたんですか。

東福寺社長 転職エージェントの紹介です(笑)。

――そうなんですか?

東福寺社長 そうなんですよ。フォルクスワーゲンで60歳を迎えて、販売子会社に出向して社長職をしていたんですけれど、その後、組織再編があって本社に戻ることになったんです。でも、あまり仕事がなくて(笑)。それで、三菱自動車時代の同僚が誘ってくれた、MSXインターナショナルという自動車ビジネスの事業プロセスのアウトソーシングサービスを提供する会社で、コンサルティングのような仕事をしていたんです。その時に、転職エージェントから、「BYDっていう中国のEVメーカーが日本で乗用車事業を始めるので、その責任者にアプライしませんか」と連絡がありまして。正直、中国のEVなんてちょっと厳しいんじゃないかという印象だったんですけれど、勧めてもらった手前、1回くらいは会っておこうかと、そんな感じでした。全然、華々しい話じゃないんです、本当に(笑)。

東福寺社長は、転職エージェントからの紹介でBYDJapanへ入社、その後、BYD Auto Japan社長に就任
東福寺社長は、転職エージェントからの紹介でBYDJapanへ入社、その後、BYD Auto Japan社長に就任

――ということは、今の状況にはご自身でも驚かれているのでは?

東福寺社長 こんなに「バズる」とは想像もしていなかったです(笑)。ただ、面談時、BYD Japanの劉学亮社長に「自動車業界にとって100年に一度の変革期に、EVという最先端なものに関われる。こんな面白い仕事ないでしょう」と言われて、そのうち、だんだん自分もその気になってきまして…。先ほど言いましたように、BYD  Japanは長く日本の公共交通機関に路線バスという人命を預かる大量輸送車を提供し、社会的責任を果たしてきた実績があります。ですから、乗用車においても高い志で参入し、きちんとした輸入ブランドの一角を占めるだろうということは感じていました。

BYD Auto Japan本社に飾られたATTO3(左)とドルフィン(右)の模型

乗ればわかるEVの魅力、そして普及を妨げる価格問題

――日本では、欧米や中国ほどEVの普及は進んでいません。東福寺社長は、EVの魅力をどう伝えていきたいと考えていますか。

東福寺社長 今、「シール」で「#答えは、試乗で」と誘引している通り、とにかく実際にお客さまに見て、触って、乗っていただき、初速の良さやスムーズな加速、アクセルレスポンスの良さなど、「乗ってみると、本当にいいよ」という実体験をクチコミベースで広げていくことかと思っています。もちろん、ガソリンスタンドに行かなくていいといった、オーナーになって初めて気づく利便性や使い勝手の良さ、安全性などもあるでしょう。でも、まずは乗ってみないことには良さが分からないし、乗ったらきっと良さが分かっていただけるだろうと。年度末までに販売店100店舗を目指していますが、販売網を広げるのも、サービス面での安心感だけでなく、試乗の機会を増やしたいという狙いがあります。

「EVの魅力は乗ればわかる」と語る東福寺社長

――では、日本市場においてEVの需要が高まらない一番の課題は何だとお考えですか。さまざまな要因があるとは思いますが…。

東福寺社長 大きな要因としては、やはり価格でしょうね。BYDで一番安価な「ドルフィン」でも363万円、補助金がついて300万円ぐらいですから。BYDのEVは、スタンダードで主要装備がすべて付いての価格なので、同グレードと比較すれば、それほど高くはないはずなんですが、ガソリン車のエントリー価格程度にもう少し買いやすい価格帯にならないと、本当の意味でのEV普及は難しいのかなと感じています。

――価格だけ見ると、BYDの「ドルフィン」よりさらに小型の「シーガル」(日本未上陸)は日本市場に合うように思います。

東福寺社長 日本で認証を取得するには、基本的にまずヨーロッパで認証されてからという流れがあります。「シーガル」のヨーロッパ認証取得は、2年先くらいなんです。同時に、ほかの車種との関係もあって、日本に「シーガル」をという話は出ては消え、消えては出て…という状況ですね。ただ、今後は私たちも「毎年1車種以上の新型を投入」を目標にしています。EV需要層となる30~40代の方に向けたコミュニケーションをさらに強化し、BYDによって日本のEV市場を活性化させていきたいと考えています。

EVの魅力を伝える方法 vol.1 ゲスト

東福寺厚樹(とうふくじ・あつき)氏
BYD Auto Japan株式会社 代表取締役社長
1958年生まれ。1981年早稲田大学商学部卒業後、三菱自動車入社。2011年フォルクスワーゲングループジャパン(VGJ)入社、16年VWジャパンセールス代表取締役社長。21年8月にBYD Japanに入社、22年7月、BYD Auto Japan(日本におけるBYDの販売会社)設立と同時に現職。

(Text by Tomoko Kawahara、Photo by Saya Hayashi)

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