EVcafeで考える 第40回
by がす
2026年8月24日、Nvidiaが公式ニュースで、スペースXがAI衛星用にNVIDIA Vera CPUを購入すると発表しました。

思い起こせば2026年8月4日、スペースXの上場後初となる決算説明会で、イーロン・マスクが妙なことを言いました。「今後、我々のAIインフラはNvidia専属で構築する。Vera Rubinが最良のアーキテクチャだからだ」。
妙だと思いませんか。スペースXは今年3月、テスラ・xAIと組んで自社チップ工場「テラファブ」をオースティンに建てると発表したばかりです。第一期だけで550億ドル、最終的には1190億ドル規模。そこで作る宇宙用チップ「D3」は、まさに軌道上AIデータセンターのために設計されている。自前の砦を建てている最中に、敵将Nvidia(は言い過ぎですが、少なくとも最大の支払い先)への忠誠を公開の場で誓ったわけです。
複数ベンダーから調達する体制は、交渉力を保つために存在します。予算の最大項目でそれを公然と手放した。割引の開示もなし、第二サプライヤーの指名もなし。Forbesはこれを「買い手が独占を宣言するとき、それは実際に手に入るものを述べているのだ」と皮肉っていました。要するに、選べる立場じゃなかったという読みです。
私は少し違う読み方をしています。イーロン・マスクは負けたのではなく、時間を買ったのだと思います。
D3はいつ来るのか
順を追って整理します。テスラの自社AIチップ「Dojo」は2025年8月にチームごと解散しました。マスク自身が「進化の袋小路」と切り捨てた。ところが2026年に入って話が変わります。テラファブ発表と同時に示されたロードマップで、Dojoは「D3」あるいは「AI7」として復活しました。用途は宇宙用AIコンピュート専用。AI5が自動運転とオプティマス、AI6が地上データセンター、D3が軌道上。役割分担まで決まっている。
問題は時間です。D3の量産開始は早くても2028年。テラファブが本格稼働して外部チップを実際に置き換え始めるのは2029年から2030年と見られています。しかもこれは計画通りに進んだ場合の話で、ゼロから半導体工場を立ち上げた企業が予定通りにいった前例は、ほぼありません。TSMCの歩留まりに新規参入で追いつくというのは、ロケットの再利用とはまた別種の地獄です。
軌道の締め切りはチップより早い
それで、待てるのかという話になります。イーロン・マスクは当然待てません。
スペースXは今年1月、最大100万機の衛星群の運用許可をFCCに申請しました。周波数帯と軌道スロットは有限です。先に申請して先に埋めた者が取る。スターリンクで一度やった手口ですが、今回は競合も学習しています。AmazonのKuiperがいて、中国の衛星群構想がいて、Nvidia自身も3月に宇宙向けVera Rubinモジュールを発表して複数の打ち上げパートナーを名指ししました(そのリストに当初スペースXは入っていませんでした。今回の提携でイーロン・マスクがねじ込んだ格好だと思います)。
物理的な締め切りもあります。Starmind AI1衛星は高さ20メートル、展開時の翼幅は70メートル超。747の胴体より幅がある。これを運べるロケットはスターシップしかありません。1回の打ち上げで30機から50機。この輸送独占こそがスペースXの本当の参入障壁で、チップは正直、誰のものでもいい。衛星のペイロードはモジュール式で、NvidiaでもTPUでも、将来のD3でも差し替えられる設計になっています。
つまりこういう構図です。チップの内製化は5年待てる。軌道の陣取りは5年待てない。だったら今買える最良のチップを最大量確保して、とにかく飛ばす。D3が完成したら、飛んでいる衛星の次の世代から積み替えればいい。交渉力という抽象的な資産と、軌道スロットという物理的な資産を天秤にかけて、後者を取った。そういう判断だと思います。
1機72基という現実
規模感も見ておきます。ちなみにD3は開発中なので衛星に何基乗るかなどは発表されていません。一方でAI1衛星1機に載るのはRubin GPUだと72基。地上のNVL72ラック1台分です。ピーク電力250kW。対して、xAIのColossus(メンフィス)は現時点で約55万基、2ギガワット。つまり地上の旗艦データセンター1つ分に追いつくだけで、衛星が約7700機、スターシップの打ち上げが150回以上必要になる計算です。
1機では話にならない。だから100万機なのです。仮に全部飛べばGPU換算で7200万基。地上では電力網、冷却水も、建設許可も、この規模を許しません。軌道なら太陽光が24時間当たり、放熱は真空に捨てる。理屈は通っています。
ただし熱設計については外部のエンジニアから「計算が合わないのではないか」という指摘が出ています。110平方メートルのラジエーターで250kWを捨て続けられるのか。2027年に飛ぶプロトタイプが答え合わせです。私はスターリンクの前例があるので半分は信じていますが、スターリンクは枯れた通信技術の大量展開で、今回は技術実証と量産を同時にやろうとしている。同じ勝ちパターンと言い切るには、一段リスクが乗っているのも覚えておきましょう。
26日の決算がすべてを上書きする
ちなみに市場の反応は冷めています。今週月曜のVera CPU採用発表では、NvidiaもスペースXも株価は下落。原因は提携の中身より、26日に控えるNvidiaの決算とメモリコスト懸念だとされています(マイクロン株主としては、このメモリ高騰は複雑な気分で見ています。HBMが高いのはNvidiaの原価問題であって、供給側の私の持ち株には追い風なので)。
予想を一つ書いておきます。D3の量産は2028年に間に合いません。過去にテラファブ級の新規ファブが予定通り立ち上がった例がない以上、2029年以降にずれ込むと見ます。その間、スペースXはNvidiaに払い続ける。それでも軌道の陣地は先に取れている。マスクの計算はたぶんそれで合っています。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

