EVcafeで考える 第44回
by がす
2026年8月27日の夜、オースティンのダウンタウンで撮られた動画が回ってきました。サイバーキャブが実際に客を拾って降ろしている。それ自体はもうオースティンでは日常なんですが、問題はフロントです。車体の前面を一直線に横切るライトバーが、紫に光っていました。
Cybercab RGB Light Bar in use while performing real world pick-ups and drop-offs in downtown Austin, TX!
— ARTSIMAGE (@artsimage) August 27, 2026
🎥 @artsimage with @AdanGuajardo pic.twitter.com/ZZEagckN39
普段のサイバーキャブのライトバーは、途切れのない白い帯です。ヘッドライトの機能ごとこの帯に統合されているので、あれが白以外の色になるという発想自体、多くの人が持っていませんでした。それが紫。しかも走行テストではなく、ダウンタウンでの実運用中に、です。
遡ると兆候はありました。フロリダ州のデサンティス知事が主催した自動運転イベント(SunTraxというテスト施設で、Waymoの車両も並んでいました)で、サイバーキャブのライトバーが赤・白・青、つまり星条旗の配色で光っている写真が出ていた。ただこの時点では「イベント用のデカールを貼っただけでは」という疑いが濃厚でした。それが、別の場所で、別の色で、また光った。デカール説はここで死にました。あれはフルRGBのライトバーです。Sawyer Merritt氏の報告では紫のほかに緑とオレンジも確認されています。
それで、この話を「乗客が自分の車を見つけやすくする機能」で片付けるのは簡単です。実際それが第一の用途でしょう。ただ、私はここで一段引いて見たい。テスラは10年近く、車のライトで妙なことをやり続けてきました。ライトショー。壁にTESLAの文字を投影するヘッドライト。車内の虹色アンビエント。どれも発表当時は「遊び」として消費されました。それが全部、一本の線の上に乗っていたとしたら。
余興として出荷し、あとで本気を解放する
まずマトリクスLEDヘッドライトの話をします。テスラは2022年頃からモデル3とモデルYにマトリクスヘッドライトを積み始めました。片側80〜100個のマイクロLEDを個別制御できるハードウェアです。当時これが何に使われたかというと、ライトショーで壁に「TESLA」と投影する余興でした。ネタ機能です。誰もが笑って、忘れました。
ところが2024年、ソフトウェアアップデート2024.2でこのハードウェアに本来の仕事が与えられます。アダプティブハイビーム。対向車や先行車のいる部分だけピクセル単位で減光し、それ以外は常時ハイビームで照らす。欧州や中国では即座に展開され、米国は規制(FMVSS 108)の承認待ちを経て後追いで解放されました。
この時系列を並べ直すと、テスラの手口の「型」が見えます。ハードウェアは最初から本命スペックで積んでおく。規制や開発が追いつくまでは、余興の顔をさせて世に出しておく。条件が揃った瞬間、OTAで本来の機能を解放する。ハードの償却は販売時に終わっているので、機能解放は限界費用ほぼゼロです。ソフトウェア・デファインド・ビークルという言葉の、これが実務上の意味です。
車内でも同じことが起きています。モデル3ハイランドから入ったRGBアンビエントライトは、発表時は「ムード照明が付いた、高級車っぽくなった」と受け取られました。ところが今年のアップデート2026.14で、死角に自転車や車両がいる状態でドアを開けようとすると、ドア沿いのアンビエントライトが赤く点滅する警告機能が乗りました。スピーカーグリルの死角警告LEDと連動して、照明が安全UIに転職したわけです。ムード照明として買わせておいて、あとから警告装置にする。順序が徹底しています。
つまりサイバーキャブのRGBライトバーを見るときも、問うべきは「今なにに使うか」ではなく「最終的になにに使うつもりで、この本命スペックを積んだか」です。
ドライバーがいなくなると、車は「無表情」になる
ここからが本題です。人間のドライバーは、運転以外にもうひとつ重要な仕事をしています。コミュニケーションです。横断歩道の手前で歩行者と目を合わせる。手で「どうぞ」と合図する。会釈する。交通というシステムは、信号と標識だけでなく、この無数の非言語のやり取りで潤滑されています。
ドライバーを取り除くと、この機能が丸ごと消えます。無人の車は歩行者から見て完全な無表情です。止まってくれたのか、今から動くのか、自分を認識しているのか、外からは何も分からない。これはロボタクシーの社会受容における、地味ですが本質的な穴です。
Waymoの答えはルーフの上のドーム型ディスプレイでした。乗客のイニシャルを表示して「あなたの車はこれです」と伝える。機能としては正しい。ただテスラの目には、あれは許せない代物のはずです。空力を悪化させ、部品点数を増やし、デザインを壊す突起物。サイバーキャブは2人乗りの車体を空力と製造コストの極限まで削った車です。ルーフに看板を生やす選択肢は最初からありません。
テスラの答えが、あの一本のライトバーだということです。追加部品ゼロ。もともとヘッドライトとして必須の部材に、色の自由度だけを仕込む。混雑したピックアップゾーンで、アプリが「紫の車に乗ってください」と表示し、車が紫に光る。金色の同じ形のサイバーキャブが5台並んでいても、ナンバープレートに目を凝らす必要はない。RGBの色空間は理屈の上で1670万色ありますから、識別子が枯渇することもありません。
そしてこの「乗客への合図」は入り口にすぎません。個別制御できるLEDの帯は、歩行者への「どうぞ」を光のパターンで表現できる。乗車受付中、回送中、整備移動中をステータス色で示せる。ナイトライダーのKITTのような流れるスキャン表示も、充電中の残量表示も、ハードウェア的には全部可能です。ドライバーの目と手振りが担っていた仕事を、光の言語に翻訳して引き継がせる。テスラが作っているのはライトではなく、語彙です。
ちなみにこの問題、テスラ社内でもう一つの製品が全く同じ壁に当たっています。オプティマスです。顔のないヒューマノイドが、隣の人間に「今からそっちに動きます」をどう伝えるか。無表情の機械に意図を持たせるという課題は、ロボタクシーとロボットで同型です。片方で開発した文法は、もう片方に流用できます。
法律はまだ、この言語を許していない
ただし、課題もあります。米国の規制では、走行中の車両前方の灯火は基本的に白とアンバーに限定されています。赤や青は緊急車両と紛らわしく、緑も信号と混同のリスクがある。つまり紫に光りながら公道を走り回ることは、現行法規の素直な読みでは、できません。
だから当面の運用は、停車してのピックアップ時、私有地内、ディスプレイ用途に限定されると見られています。オースティンの目撃動画も、まさに乗降のタイミングでした。
それで、ここで思い出してほしいのが、マトリクスヘッドライトの脚本です。ハードは2022年に積まれ、規制承認を待って、2024年以降にOTAで解放された。テスラは規制が変わるのを待ってからハードを設計する会社ではなく、規制が変わった日にアップデートを配信できるようハードを先に積んでおく会社です。自動運転車の普及が進めば、無人車両の意図表示に関する灯火規制は必ず議論になります。NHTSAがブレーキペダル要件の撤廃に動いているのと同じ流れの中に、灯火の色の話も遅かれ早かれ乗ってくる。その日、路上の全サイバーキャブが一斉に「話し始める」わけです。追加コストゼロで。
9月3日に何が説明されるか
タイミングの話をすると、この目撃ラッシュは偶然ではないはずです。9月3日、オースティンでサイバーキャブのローンチイベントが開かれます(招待状はもう飛んでいます)。その1週間前に、ダウンタウンの実運用でRGBを点灯させて走らせる。隠す気があるならやらない行動です。むしろ「気づいた人から騒いでくれ」という事前の種まきに見えます。
私の予想を書いておきます。イベントで正式に説明されるのは、アプリと車体色を同期させる乗客識別機能まで。歩行者向けの意図表示や走行中の色表現は、デモか「将来の構想」として匂わせるにとどまる。規制の壁がある以上、言質を取られる形では出せないからです。外れたらまた白状します。ロードスターの発表時期を外し続けてきた身としては、テスラのイベント予想に自信を持つ習慣がもうありません。
130年前の1865年、英国で赤旗法という法律が施行されました。自動車(当時は蒸気車)は、赤い旗を持った人間を車の前に歩かせなければ公道を走れない。機械が人間の世界に入ってくることへの恐怖が、旗を持つ人間という緩衝材を要求したわけです。
あれから160年かけて、車から人間(運転手)を降ろすところまで来ました。そして人間を降ろした車が最初にやろうとしているのが、自分で旗を持つことです。前面に一本の光の帯を張り、色を変え、点滅のリズムを変えて、周囲の人間に語りかける。赤旗法の旗振り人が消えて、旗そのものが車に還ってきた。
オースティンで紫に光っていたあの帯は、機械が人間に向けて持った、最初の表情だと私は思っています。9月3日、あの車が何色に光るか。色の数だけ、語れる言葉が増えていきそうです。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

