EVcafeで考える 第51回
by がす
2026年10月1日(米国時間)、イーロン・マスクがXに書き込みました。テスラの自社AIチップ「AI5」のメモリを半分にした、と。144GBから72GBへ。次の世代の「AI6」も、216GBから144GBへ3分の1減らすそうです。
ところが、ほどなくしてもう一度書き込みがありました。AI5はやっぱり少しだけ戻して96GBにする、と。半分にしたはずのメモリが、気づけば元の3分の2まで戻っていたわけです。
急展開に見えます。でも二つの書き込みを並べて読むと、どちらにも「ロボットを賢くするため」という理由は出てきません。書いてあるのは、どちらもメモリの「買い方」の話でした。そして品不足のときに買い方で勝つのは、テスラの昔からの得意技です。
半分にした理由は「台数」
イーロン・マスクが挙げた理由はシンプルです。オプティマス(テスラの人型ロボット)を十分な台数つくるには、これしか方法がなかった。おまけにコストも大きく下がる。
AI5は、今年7月の決算説明会でイーロン・マスクが「まずオプティマスに載せる」と話していたチップです。つまり今回削られたのは、ロボットの頭脳のメモリです(私のモデル3はAI4なので、車としては当面、他人事です。一方でマイクロン株主としては、まったく他人事ではありませんが)。
性能は落ちないのか。イーロン・マスクの答えは「影響はほとんどない」でした。効いてくるのはメモリの容量より帯域のほうで、帯域は据え置いたから、という説明です。
帯域というのは、データを出し入れする速さのことです。冷蔵庫でたとえると、容量は冷蔵庫の大きさ、帯域は扉から食材を出し入れする速さ。ロボットの頭の中では、目に入ったものから次の動きを決める作業が休みなく回っていて、そのたびにAIの中身を冷蔵庫から取り出しています。料理のスピードを決めるのは、たいてい冷蔵庫の大きさより出し入れの速さのほう。テスラは冷蔵庫を小さくしたけれど、扉の大きさは変えていない、というわけです。
もちろん、将来もっと大きなAIを載せたくなったら、小さい冷蔵庫では困る日が来るかもしれません。そこは賭けです。テスラは、その賭けに乗るほうを選びました。
(ちなみに、AI6の新しい144GBは、AI5がもともと積むはずだった量とぴったり同じです。次の世代が、ひとつ前の世代の当初の量に落ち着いた格好で、地味に面白いところです)
100億台を掛け算すると
イーロン・マスクの書き込みは、あるXの利用者の計算に応える形で出てきました。
その利用者は、イーロン・マスクが何度も言ってきた「ロボットはいずれ人間より多くなる」という話をもとに、こんな計算をしていました。ロボット100億台に1台200GBずつメモリを載せると、2兆GB。ところが世界のメモリ(DRAM)の生産量は、年に約450億GBしかない。割り算すると、世界中のメモリを全部ロボットに回しても44年かかる、という計算です。
ちょうどその前日、マイクロンのサンジェイ・メロートラCEOが決算説明会で、人型ロボットには1台200GB超のメモリが要ると話したばかりでした。メモリを作る側のトップが「ロボットはよく食べますよ」と言い、それを素直に掛け算すると、世界の工場が44年かかる数字になる。
イーロン・マスクはこの計算に、言葉で返す代わりに、チップの仕様を書き換えて答えた。私にはそう見えました。

1台のロボットにとって、1GBは小さな数字です。でも100億台を掛けると100億GBになって、世界のメモリ生産の2カ月半あまりに相当します。イーロン・マスクが見ているのは、最初の1台より、100億台目のほうです。そう考えると、AI5のメモリを削るのは、ロボット1台の設計というより、世界のメモリをどう配るかという話に近い。
ここで、少しだけ計算させてください。仮に1台96GBだとしても、100億台なら世界のDRAMの約21年分です。3分の1削っても、ロボットがメモリを大量に食べる未来はほとんど変わりません。マイクロンのメロートラCEO自身も、2027年度と2028年度は2026年度よりもっと需給がきつくなると話しています。
マイクロン株は、今日のところは売らずに済みそうですが(笑)。
本当の読みどころは「やっぱり96GB」
ここまでなら「品不足だから削った」で終わる話です。私が面白いと思ったのは、その後の「やっぱり96GB」のほうでした。
イーロン・マスクが書いた理由は一行だけです。72GBのままだと、そのメモリのいちばん容量の小さい版を使う会社が、テスラだけになってしまうから。
これを読んで、服屋さんを思い浮かべました。品薄のとき、お店が真っ先に仕入れるのは、よく売れるMやLです。XSを買うのが自分一人だけなら、入荷はたぶん一番後回しになる。メモリも同じで、ほかに誰も使っていないサイズを大量に頼むのは、品不足の時代にはかえって危ない(イーロンの説明は一行だけなので、ここは私の読みです)。
つまり、144を72にしたのも、72を96に戻したのも、理由はどちらも「ちゃんと買えるかどうか」というわけです。性能の話は、帯域を据え置いた時点で片づいています。AI5の仕様を最後に決めたのは、AIの技術者というより、買い付けの都合だった。そう言ってもいいくらいです。
これは、本気で大量に作る会社にしか起きない悩みです。展示会用のロボットを数台つくるだけなら、そのサイズのメモリを世界で何社が使っているかなんて、誰も気にしませんよね。「うちしか使っていないサイズは危ない」と考えた時点で、テスラはオプティマスを百万台単位で作る前提で部品を集めている。コロコロ変わったように見えた二つ目の書き込みは、むしろその証拠だと私は思います。
5年前、テスラは同じ試験を受けている
部品に合わせて、設計のほうを変える。テスラがこれをやるのは、初めてではありません。2021年の半導体不足のときもそうでした。
あの年、世界中の自動車メーカーが、チップが届かずに生産ラインを止めました。テスラも無傷ではありません。ただ、テスラは手に入らないチップの代わりに手に入るチップを探してきて、それで動くようにソフトを数週間で書き直しました。2021年7月の決算説明会で、イーロン・マスク本人がそう説明しています。決算資料によると、そのために制御用の基板を19種類も新しく設計していたそうです。フォルクスワーゲンのCEOまでが、ソフトを2〜3週間で書き換えたテスラの異常な速さに感心していたと、当時ロイターが伝えています。
同じ年には、助手席のランバーサポート機能をスイッチごと外して、車を作りやすくしたりもしています。削れるものは削って、作る台数を守る。今回のメモリと発想はそっくりです。
その前の年、コロナ禍で各社が半導体の注文を減らしたときも、テスラは部品メーカーに伝える生産見通しを下げませんでした。買い方からして、ほかと違っていたわけです。
結果、2021年のテスラの納車は約93万6000台で、前の年より87%増えました。その年の10月には、時価総額が初めて1兆ドルを超えています。
イーロン・マスクは、ほかの自動車メーカーのやり方を「カタログ・エンジニアリング」と呼んだことがあります。部品メーカーのカタログから選んで組み立てるだけの、冒険しないやり方、という皮肉です。
いまの人型ロボットの世界にも、似た構図があります。ボストン・ダイナミクスをはじめ、多くのロボット会社がNVIDIAのロボット用の頭脳ボードを載せています。主力のボードはメモリ64GB版と128GB版で、買う側は基本的にそのメニューから選びます。テスラは頭脳を自分で設計しているので、144を72にして、それを96に直すところまで、自分で決められる。
品不足が長引くほど、メニューの外を選べる会社が強くなる。2021年に車で起きたことが、ロボットでもう一度起きる。私はそう読んでいます。
正直に言うと、いま一番足りないのは「手」
ここまで持ち上げておいてなんですが、正直に書いておきます。今のオプティマスでいちばん足りないのは、たぶんメモリではありません。手です。
米メディアのThe Informationによると、オプティマスの生産は、モデルS/Xのラインだったフリーモント工場で、8月に週数百台まで増えました。第2四半期の約10倍です。年末までに週1000台を超える自動ラインを目指していて、最終的な目標は週2万台とされています。
ただ、手と前腕には100を超えるネジや小さな部品があって、まだ作業員が手で組み立てている。触覚センサーの一部には信頼性の問題が出ていて、手を丸ごと交換しなくて済むように、来年から交換式の「センサー手袋」をはめる計画だそうです。基本的な作業を覚えるのにも、まだ数日かかると報じられています(ここは正直、耳が痛いところです)。
予想を一つ置いておきます。年末に週1000台に届かなかったとしたら、足を引っ張るのはメモリより手のほうでしょう。

足りないなら、作る
7月の決算説明会で、イーロン・マスクはマイクロンにわざわざお礼を言っていました。メモリの値段がとんでもないことになっている中で、この先何年かぶんの枠をテスラのために空けてくれた、しかも条件はまっとうだった、と。部品メーカーが決算説明会で名指しで感謝されるのは、あまり見ない光景です。
その裏で、テスラとスペースXは「テラファブ」という半導体工場の計画を進めています。3月に正式に発表された計画で、計算用のチップとメモリを、組み立てと検査まで含めて一つ屋根の下で作るというものです。8月にはテキサス州グライムズ郡の第1期に168億ドルを投じると発表し、テスラはメモリの製造工程を担う技術者の募集も始めています。
ここで一つ、苦笑いしてしまう話があります。メモリを取り合っているのは、テスラと世界だけではありません。いまのメモリ不足を引き起こしているAIデータセンターの建設ラッシュには、スペースXも名を連ねています。つまり、イーロン・マスクの会社同士で同じメモリを取り合っている。その二社が一緒に建てているのが、テラファブです。おかずを取り合っていた兄弟が、自分たちで畑を耕し始めたようなものです。
ロボットは、いずれ人間より多くなる。イーロン・マスクがそう言うたびに、笑う人がいました。その話が、とうとう世界のメモリの在庫とぶつかり始めています。在庫の壁は、本当に作り始めた会社の前にしか現れません。デモ動画の中だけのロボットに、メモリ不足は起きないので。
10月1日の「半分にした」と、その直後の「やっぱり96GB」。急転する二つの数字は、品不足の時代にテスラがどう勝つかを、いちばん短く書いた答案でした。そして、安心してください。しかもこの試験、テスラは5年前に一度、過去問を解いています。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

