EVcafeで考える 第47回
by がす
サムスンがテキサス州の工場で、テスラ向けAI5チップの試験生産を始めました。ソウル経済日報が9月16日に業界関係者の話として伝えたもので、当初は11月の本格稼働予定だったものを2カ月ほど前倒しした形です。年内に量産認定を終え、2027年から本格供給に入る計画とのこと。
このニュースを読んだテスラファンの多くは、たぶんこう思ったはずです。ついにHW5の中身が動き出した、と。
ところがマスクは、そのAI5を「車には載せない」と、今年すでに二度も明言しています。今日はそこから話を始めます。
ニュースの前提が、半年前の情報で止まっている
記事には「AI5はモデル3・モデルY、サイバーキャブ、オプティマス、AIデータセンターのコアプロセッサになる」とあります。去年までなら正しい説明でした。マスク自身、今年3月まではAI5を「ロボタクシーに最適化したチップ」と説明していました。
それが4月15日に変わります。AI5のテープアウト完了を祝う投稿に「このチップは車に入るのか、ロボットに入るのか」と質問がつき、マスクの答えは「オプティマスと、我々のスーパーコンピューター」。そして「車のFSDはAI4で十分だ」。
その一週間後のQ1決算で、機関投資家が正面からこれを問い直しました。答えは変わりませんでした。車にはAI5ではなく、AI4のメモリーを倍にしたマイナーチェンジ版(AI4プラス)を2027年半ばから載せる。サイバーキャブも4月からAI4で量産中です。
7月のQ2決算でも「AI5はまずオプティマスに入る」。三度目の確認です。
つまり今、サムスン工場のラインを流れているウェハーは、車の頭脳ではありません。ロボットの頭脳と、データセンター用の演算チップです。
サムスンが急ぐ理由は、サイバーキャブではない
ここが一段深い話になります。
サムスンが試験生産を2カ月前倒しした理由を、記事は「テスラの需要」と書いています。ではテスラの何が2カ月を急がせたのか。車ではない。車はAI4で足りるとマスクが言い切っているし、サイバーキャブは4月からAI4で量産中です。AI4プラスの生産開始も2027年半ばで、こちらはテキサスの2nmラインではなく韓国の既存ラインの仕事です。
残るのはオプティマスとデータセンターだけ。それで時系列を並べると、きれいに噛み合います。
5月上旬、フリーモントでモデルS/Xの生産が終了。ラインは46日で解体され、オプティマスV3の生産ラインが据え付け中。年内に生産開始、目標は年産100万台の設備。7月13日、サムスンのエンジニアがLinkedInに「AI5のテープアウト完了、テキサスの2nmで製造」と書いて(すぐ消しましたが)マスクが「45日前倒しで完了」と応答。そして9月、サムスン工場で試験生産開始。マスクの言う「AI5量産は2027年半ば」は、オプティマスV3が本格ランプに入る時期とほぼ一致します。
サムスンにとって、これは相当な賭けです。この工場は2021年に発表されたあと、顧客がつかずに設備搬入が延び延びになり、事実上の休眠状態が続いていました。それを蘇らせたのが2025年7月のテスラとの165億ドル契約で、以後わずか14カ月で装置搬入式、テープアウト、試験生産まで来た。同社のファウンドリ事業の黒字転換時期は「この工場の稼働率がどれだけ早く上がるか」で決まる、と記事は書いています。
つまり世界2位のファウンドリの黒字化スケジュールが、7月時点で生産台数ゼロだったヒューマノイドロボットのランプに連動している。テスラファンより先に、サムスンの経営陣がオプティマスの量産を信じないといけない構図です。
サムスン版のほうが、TSMC版より先端
もう一つ、ファンが見落としがちな点があります。
AI5はTSMC工場(アリゾナ)とサムスン工場(テキサス)、二つの工場で「少しずつ違う版」が作られます。TSMC版は3nm(N3E)、サムスン版は2nm(SF2)。去年の時点では「サムスンの2nmはAI6用で、AI5は枯れたノードで」というのが業界の共通認識でしたから、AI5を2nmに乗せたこと自体がサムスンの歩留まりが実用域に入ったというサインになっています。
それで、より微細な2nm版が向かう先がオプティマスです。ロボットの胴体に入る推論チップは、車と違って冷却も電源も窮屈で、同じ性能なら電力効率がそのまま稼働時間に効く。マスクがQ2決算で「AI6は世界最高のエッジチップになる。もっと良いのを持っている人がいたら握手したい」と言っていたAI6も、製造はサムスン工場です。テスラの意思決定として、車はTSMCの成熟ノードで安定供給、ロボットはサムスンの最先端で攻める、という役割分担が私には透けて見えます。
(余談ですが、4月にマスクが公開したAI5基板の写真、周囲に並んでいた12個のメモリーパッケージはSK hynix製と報じられました。私はマイクロン株主なので、マスクがQ2決算で「TSMCとサムスン、それからマイクロンに感謝する」と名指ししてくれたことに、ひとまず溜飲を下げています。次の基板写真で確認します。)

テラファブという「顧客が作る競合」
サムスン側のコメントで一番正直なのはここです。「今のサムスンのファウンドリ事業にとって、時間を削ることが何より重要だ。獲得した大口顧客を維持するためには、この工場を早期にフル稼働させ、後続の拡張も急がないといけない」。
大口顧客を「維持する」。この言い方が全てを物語っています。
8月6日、テスラとスペースXはテラファブの建設地をテキサス州グライムズ郡と発表しました。初期投資168億ドル、敷地は1億平方フィート超、年間1テラワット分の演算チップを生産するという規模で、テスラは「テスラとスペースXは、現在および将来の世界の生産能力では供給しきれない量のチップを必要とする」と書いています。オースティンのギガテキサス北キャンパスでは、その前段となる研究用ファブがすでに着工済み。
サムスンから見れば、自分たちの工場を蘇らせた顧客が、自分たちの隣に世界最大のファブを建てると言っている。だから時間を削る。第2工場(1.4nm、2030年頃稼働)の起工を年内に急ぐのも、テラファブが本当に立ち上がる前に「サムスンの工程で設計されたテスラのチップ」の系譜をAI5、AI6、その先まで積み上げて、乗り換えコストを高くしておくためです。
ただし、テスラの主張を額面通り受け取れば、テラファブはサムスンを追い出すための工場ではありません。「世界の生産能力全部でも足りない」と言っているのだから、サムスン工場が満杯でも、テラファブがあっても、まだ足りない。サムスンの第2工場は競合というより、テスラにとっては保険の二重化です。サムスン工場、ギガテキサス、グライムズ郡。オースティンを中心に半径100kmほどの三角形の中に、テスラのチップ供給の全部が集まりつつある。
それで、テキサス製AI5が最初に載る「車」は
ここまで書いておいて、最後に一つ予想を立てます。
AI5は新車には載らない。でも車に一台も載らないとは、マスクは言っていません。Q2決算で、HW3車両の救済策を聞かれた彼はこう答えました。「カメラを積んでいる車は全部、次世代のAIボードに載せ替えるのが財務的に理にかなう。AI4.5か、あるいはAI5に」。
つまりテキサス製AI5が最初に入るテスラ車は、2027年のサイバーキャブでも新型モデルYでもなく、2019年式のモデル3の、あの助手席グローブボックス裏のコンピューターの載せ替えになる可能性がある。HW3で長く待たされたオーナーが、結果的にオプティマスと同じ頭脳を手に入れる。皮肉ですが、悪くない結末です。
一つ自己開示をしておくと、私は以前Waymoの記事で、テスラの3つの壁の一つに「車載チップの限界」を挙げました。マスクはそこを「AI4で足りる」と言い切った。もしマスクが正しいなら、私の壁の置き方は間違っていたことになります。ただしマスクはHW3のときも同じことを言って、今年になって「HW3では無理だった」と認めています。AI4で本当に足りるかどうかは、2027年に答えが出る。
それでも、今回のニュースで私が一番カタルシスを感じたのは別のところです。
「40倍のチップを車に載せない」という判断は、車を軽く見た結果ではありません。逆です。車の問題はもう既存のチップで解ける、と判断したから、一番良いシリコンを一番難しい未解決問題に回した。5年前、ただの荒野だったテキサスの工場で、2026年の秋に最初に流れたウェハーが、モデルS/Xのラインを潰して作ったロボット工場に向かっている。
テスラが「車の会社」を卒業した瞬間を日付で特定しろと言われたら、私はサイバーキャブの発表会でも、フリーモントのライン解体の日でもなく、この9月の、サムスン工場での試験生産開始を選びます。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

