EVcafeで考える 第56回
by がす
2026年10月2日、テスラが出した四半期の納車レポートの最後に、見慣れない一文が足されていました。
「生産台数と納車台数は、顧客に販売した乗用車を指す」(原文は Vehicle production and delivery numbers represent passenger vehicles sold to customers)。
7月のレポートにはなかった文です(気づいたのは、決算資料の脚注に同じ一文を見つけたときでした。レポートのほうは読み飛ばしていました)。
ふつうに読めば、ただの定義の確認です。それでも、ひっかかりました。わざわざ書くということは、顧客に販売していない乗用車が、数えられないどこかにあるということです。
その車は、オースティンにあります。9月3日から、サイバーキャブが客を乗せて走っています。テキサス州の車両局が無人運行を認めた台数は、サイバーキャブが449台、モデルYが362台(州車両局の記録、CNBC報道)。
この449台は、今回の決算に出てくる48万6532台の納車にも、46万4391台の生産にも入っていません。テスラ自身の車庫に入ったからです。
営業利益が56%減ったことより大きい話が、今回の決算には入っていると思っています。テスラが初めて、売らない車を作り始めたこと。そして、その車をきちんと数の外に出したこと。
減益56%の中身
売上高は280億ドル(約4.4兆円)で、前年とほぼ横ばいでした。営業利益は56%減、純利益は43%減です。
減った理由は費用で、研究開発費と販管費を合わせて前年より39%増えています。研究開発費だけで27億6100万ドルあります。AI向け計算機の減価償却、チップ開発、オプティマスやメガパック3やセミの量産前のコストが乗っていると、CFOのバイバブ・タネジャは説明しました。ここまでは、どの記事にも書いてあります。
少し変なのは、その下の段です。規制クレジット(他社に売る排出枠の収入)が前年の3割以下まで減ったのに、粗利率は前年より上がって19.6%になりました。クレジットを除いた車の粗利率も18.1%で、前の四半期から持ち直しています。
フリーキャッシュフローは、前の四半期のマイナスから15億ドルのプラスに戻りました。
車の商売そのものは、調子が悪いどころか、ここ数年でいちばん詰まっています。受注残は4年ぶりの高さです。納車は生産より2万2141台多く、在庫は11日分まで減りました。
欧州ではモデルYが電気自動車で1位、韓国では乗用車全体で1位だったとテスラは言っています(速報値)。北米の新車は75%以上がFSDの有料契約つきで納車されました。

車は売れていて、足りない。マスクは「需要が生産をかなりの差で上回っている」と言い、タネジャは「納車は主に生産で制約された」と言いました。足りないものの正体は電池で、資料にもそう書いてあります。
数えられていないサイバーキャブ
サイバーキャブは今年前半にテキサス工場で生産が始まり、9月3日にオースティンで営業運行に入りました。エンジニアリング担当のラース・モラヴィは決算説明会で、いま作っている分は「全部、社内のロボタクシー用フリートに入っている」と言っています。マスクによれば、オースティンの台数は投入から1カ月で10倍になりました。
走行時間は朝6時から深夜0時までです。無人走行の累計距離は200万マイル近くで、四半期で8倍になりました。
去年からオースティンで走っていたモデルYのロボタクシーも会社所有でしたが、あれは売れる車を自分でも使っていただけです。サイバーキャブは、最初からロボタクシー専用に設計された初めての車です。
テスラは自分でフリートの台数を公表していません。だから外から数えるしかなく、いちばん固いのがテキサス州車両局の449台という認可数です。実際に作った数は、これより多いはずです。各地の待機場に何百台も並んでいる写真は出回っていますが、確かめられないので数字にはしません。
冒頭の一文に戻ります。「生産台数と納車台数は、顧客に販売した乗用車を指す」。だからサイバーキャブは、生産の46万4391台にも入っていません。作った車を、作った数に入れていない。これを読んだとき、しばらく手が止まりました。
同じ決算資料に、もう一つ別の定義があります。「累計納車台数」という欄があり、今回は1020万台です。その脚注にはこう書いてあります。2025年のCEO報酬案に従い、顧客に納車した新車と、「商業運行に投入された無人ロボタクシー」を合わせたもの、と。
つまりテスラは、自分の車庫に入れたサイバーキャブを、マスクの報酬を数えるときには「納車」に入れ、四半期の納車台数を出すときには入れません。二つの定義が同じ資料に並んでいます。不正ではありません。報酬案は昨年の株主総会で承認されていて、この脚注は7月の資料にも入っています。ただ、会社が内心でどう考えているかは、こちらの定義のほうに出ている気がします。車庫に入れた時点で、売ったのと同じ扱いです。
この一文が足された理由を、テスラは説明していません。同じ四半期にセミの量産も始まっていて、セミは顧客に売るけれど乗用車ではありません。あの一文は、売るけれど乗用車でないトラックと、乗用車だけれど売らないサイバーキャブの両方を、同時に数の外へ出しています。どちらが主な理由だったのかは、わかりません。

3万ドル以下で売る、と言っていた
2024年10月の発表会で、マスクはサイバーキャブを3万ドル以下で売ると言いました。買って、自分のものとして走らせて、稼げる車だという売り方でした。
今回の説明会で「いつ買えるのか」と聞かれて、モラヴィは「年内に顧客に届けようとしている」と答えました。小さく始めて、所有やフリート管理について学びながら広げる、と。法人がフリート購入の希望を登録する窓口は、すでに開いています。そのあとマスクが引き取って、こう言いました。サイバーキャブは主に「移動のサービス」として提供するもので、所有したい車はモデル3、モデルY、ロードスターのほうだと言い、サイバーキャブの大半は「実質的にテスラ所有で、移動のサービス」になると続けました。
約束が変わった、と読むのが普通です。実際、そう書いた記事がいくつも出ています。
私の読みは逆で、売らないと決めたのは、売るより持っているほうが儲かると分かったからです。3万ドルで1回売れば、その車がそのあと何年も朝6時から深夜0時まで稼ぐ分は、買った人のものになります。手元に置けば、テスラのものです。タネジャは料金の話で「車を自分で作っているから、コストの土台が違う」と言いました。同じことは所有にも言えて、車を自分で作っている会社だけが、車を売らないという選択を取れます。
ねじれた構図があります。車が足りなくて受注残が4年ぶりの高さの会社が、同じ時期に、売らない車のために工場のラインを1本使っています。しかも、そのラインの能力は余っています。モラヴィによれば、サイバーキャブの部品点数はこれまでのどの車より半分少なく、製造の担当者が「いちばん量産しやすい部類」と言う製品で、公表している年12万5000台という能力は「今日の運転速度」にすぎず、本当の能力はもっと上だそうです。それでも「ロボタクシーのサービスが必要とする速度で作っている」と言います。
ボトルネックは運行側にあります。モラヴィは、走行距離を伸ばす側の自動運転担当アショク・エルスワミと「どちらが先を行くかの競争」だと言っていました。
7月の決算のあと、私は「FSDは汎用化したが、運行は汎用化しなかった」と書きました。3カ月で車両が10倍、走行距離が8倍になりました。運行のほうが、思ったより早く追いついてきています。外した、というより、見積もりが遅かった。
充電器を売らなかった会社
テスラが「売らない」を選ぶのは、これが初めてではありません。今回、テスラはこのねじれに気づいて、売る側から持つ側に回ったように見えます。実際には、もっと前から同じことをしています。
スーパーチャージャーです。2012年に自前の充電網を作り始めたとき、テスラは充電器を他社に売りませんでした。自分で建てて、自分で持ち続けた。長いあいだ、ただの費用でした。いまは他社の電気自動車も同じ充電口に並んでいます。今回の資料では、充電口の数は前年より15%近く増えて8万4465口になり、まだ伸びています。

この充電の売上が入っているのが「サービス・その他」という部門で、今回46億ドル、前年比33%増です。粗利も粗利率15.9%も過去最高で、牽引したのはスーパーチャージャーと保険だとタネジャは言いました。そして、ロボタクシーの売上が計上されるのも、この同じ部門です。説明会でタネジャが「ロボタクシー事業は、サービス・その他の一部」と前置きして話しています。
テスラは充電器を売らなかった。充電を売った。サイバーキャブも、その隣の行に置かれています。
最近は「スーパーチャージャー・フォー・ビジネス」という、法人に充電器そのものを売る制度も始めていて、600口を超えました。何でも抱え込む会社でもない、というのは書き添えておきます。
年200万台の行き先
サイバーキャブには、ハンドルがありません。ペダルもありません。渡す鍵も、座る運転席もない車を、テスラは初めて量産しました。客に渡す形を、最初からしていない車です。
充電器のときと、同じ順番です。費用だと言われ続けた10年のあとで、充電は過去最高の粗利率になりました。あのとき売らなかったものが、いま、いちばん伸びている部門に入っています。今回は、それを車でやります。
この車が1台でどれだけ働くか、一度だけ計算します。オースティンの営業時間は1日18時間です。普通の自家用車が走っている時間は、長くても1日に1、2時間。手元に置いたサイバーキャブ1台は、売った車10台分以上の移動を運ぶ計算になります(営業時間ずっと走る前提の、ざっくりした計算です)。
2024年10月、マスクはサイバーキャブを年200万台作ると言いました。年200万台が全部テスラの車庫に入るなら、運ぶ移動は自家用車にして2000万台分です。去年アメリカで売れた新車が1630万台ですから、それより多い移動を、テスラが手放さない車が運ぶことになります。
マスクが説明会で言った一言は、この掛け算のあとで読むと、別の顔を見せます。政府に止められない限り、自由に運行できる国では、地球上の乗客の総走行距離の過半をテスラが担うことになる。「この予想は、あとで見返してもらっていい」。大きすぎて笑ってしまう類の発言ですが、私は笑いが途中で止まりました。
この200万台は、1台も納車台数に入りません。生産台数にも入りません。10月2日に足された一文が、そう決めています。テスラの成長を測るために世界中が見てきた数字は、これからは、テスラが手放すことにした車の数になります。手元に残す車は、その外側で増えていきます。
48万6532台は、テスラが手放した車の数です。手放さなかった車の数を、テスラはまだ誰にも教えていません。教えなくても、来年にはわかります。その車は、売上の行に自分で出てきます。
いちばん大きい変化を、テスラは資料の中にいちばん小さい字で書きました。「生産台数と納車台数は、顧客に販売した乗用車を指す」……脚注の一行です。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

