EVcafeで考える 第52回
by がす
2026年10月3日、イーロン・マスクがXに短い返信を書きました。英語で、たった8語です。
「Just discussions, but something may come of it」
ただの話し合いです。でも、何か実るかもしれません。そんな意味です。
これは、半日ほど前に出たスクープを取り上げた投稿への返信でした。台湾のティム・カルパン記者が、TSMCがテラファブと組む方法を探っている、と報じたのです。テラファブは、テスラとスペースXがテキサスで建て始めた自前の半導体工場。そこに、チップの受託生産で世界一の会社の名前が出てきました。
週明けの5日、TSMCの株は米国市場で取引中に過去最高値をつけました。4月からテラファブの相棒だったインテルの株は、取引が始まる前に一時4%あまり下げています。
ここで、こう思った人は多いはずです。自前で作ると言っていたのに、結局TSMCに頼るのか、と(正直に言うと、私も最初の数秒はそう思いました)。
よく聞く説明はこうです。最先端のチップを大量に、安定して作るのはとても難しい。インテルの新しい技術はまだ仕上げの途中で、チップを組み上げる最後の工程まで含めて一番実績があるのはTSMC。だからプロに頼むのだ、と。その通りだと思います。ただ、この説明では分からないことが一つ残ります。半年前に「近道はない」と突き放していたTSMCの側が、なぜ動いたのか。
イーロン・マスクとTSMCのトップ。この二人のやり取りを古い順に並べ直すと、話が逆に見えてきます。折れたのはイーロン・マスクではなく、たぶんTSMCのほうです。始まりは2年近く前の、ひとつの冗談でした。
2024年12月、台湾の会場が笑った
2024年12月16日、台湾で開かれた全国科学技術会議。壇上に立ったTSMCの魏哲家(C.C.ウェイ)会長が、数日前に「世界で一番のお金持ち」と話をした、という小話を披露しました。
その人は、これから力を入れるのは多機能ロボットで、車のほうではない、と言った(魏会長は「よく聞いてください」と念を押して、ここを繰り返しています)。続いて、一番の心配は、チップを供給してくれる人がいないことだ、とも言った。魏会長はこう返したそうです。
「心配いりません。お金さえ払ってくれれば、チップは必ずあります」
会場は笑いに包まれました。この日の魏会長は、お客さんはチップが足りない時期ほど私に優しい。友達がたくさんできました、とも話しています。相手の名前は出しませんでしたが、世界一のお金持ちで、車よりロボットの話をする人です。台湾のメディアは、イーロン・マスクのことだと伝えました。
いま読み返すと、この小話には先の展開がほとんど入っています。イーロン・マスクの心配は当時からチップで、それも車というよりロボットのためだったこと。そしてTSMCの答えが、要するに「お金の問題です」だったこと。
ロボットは、とにかくチップを食べます。モルガン・スタンレーの試算では、ギガテキサスで年1000万台のオプティマス(テスラの人型ロボット)を作るだけで、テスラの車の事業ぜんぶで使っている量の約6倍のチップが要ります。これは心配にもなります。
「全部買う」と言ったのに
今年(2026年)の3月21日、イーロン・マスクはオースティンの古い発電所でテラファブを発表しました。その場での発言が、あの冗談への返事のように聞こえます。
「サムスンにもTSMCにもマイクロンにも、とても感謝している。できるだけ早く増産してほしい。作ったチップは全部買う」、とこの通りの言葉で伝えてある。けれど相手には無理なく広げられる速さの上限があって、それは自分たちの望みよりずっと遅い。だから、テラファブを建てるか、チップなしで済ませるかの二択になる、と。
払うと言い、全部買うとまで言ったのに、それでも足りませんでした。「払えばある」は、金額だけの話ではなかったのです。
なぜ、全部買うと言われても増やせないのか。
行列のできる名店が、なかなか支店を出さないのと同じです。支店を出して席が埋まらなければ、家賃と人件費で本店まで傾きます。半導体はその額が桁違いで、工場は1棟で少なくとも200億ドル、3兆円あまりと報じられています。魏会長自身、今年1月の決算説明会で、巨額の設備投資について「私もとても緊張している」「慎重にやらなければ、TSMCにとって大きな災難になる」と話しました。
工場が埋まらなかった実例は、同じテキサスにあります。サムスンがテイラーに建てた巨大工場は、去年7月にテスラの165億ドルの契約が決まったとき、証券アナリストに「これまで事実上お客がいなかった」と言われています。
無理なく広げられる速さというのは、つまり、怖くない範囲の速さのことです。

「近道はない」は、たぶん正しい
4月16日、TSMCの決算説明会でテスラの工場計画について聞かれた魏会長は、こう答えました。工場を建てるのに2年から3年。そこから生産を軌道に乗せるのに、もう1年から2年。「近道はありません」と……。
ほどなく、イーロン・マスクがXで返します。TSMCには、必要な途方もない数のチップが作れない。作れるのなら、こんなことをする必要はない、と。
私が一番引っかかったのはここでした。イーロン・マスクが繰り返してきたのは「チップが足りない」です。工場を持つことそのものを目的のように語ったことは、少なくとも私が追った発言の中にはありません。自前の工場は手段で、もっと言えば、相手への問いかけでした。あなたがやらないなら、私がやります。どうしますか、と。
そして魏会長の「近道はない」を、私は正しいと思っています。正しいからこそ、逆算すると「なぜ今か」が見えてきます。
イーロン・マスクは今年1月の決算説明会で、3年から4年後には、おそらくチップの供給がテスラの成長を抑える壁になる、と話しました。壁が来るのは2029年か2030年です。魏会長の物差しなら、工場は建て始めてから回り出すまで3年から5年。いちばん順調な3年でも、着くのは2029年。壁の年です。誰に作ってもらうかを決める締め切りは、もう来ています。
168億ドルと2650億ドル
問いかけは、口で言うだけなら誰にでもできます。イーロン・マスクは土を動かしました。
4月、テスラはギガテキサスの北側で研究用の工場に着工します。イーロン・マスクの言葉では「アイデアを試すための工場」です。8月には、スペースXが主導する本番の工場がテキサス州グライムズ郡に決まりました。第1期だけで168億ドル(約2.6兆円)を超える計画で、現地では造成が始まっています。
この168億ドルは、TSMCがアリゾナに約束している2650億ドルの、ざっと16分の1です。TSMCから見れば、お客が自分たちで始めた小さな工場にすぎません。
ところが、動いたのはTSMCのほうでした。
9月30日、ロイターが、TSMCがアリゾナとは別にテキサスへの投資を検討していると報じます。その2日後が、カルパン記者のスクープでした。最有力の案は、TSMCが新しい工場を所有して運営まで担い、イーロン・マスク側は出資するか、一定量の買い取りを約束するか、その両方。作るチップは、イーロン・マスクの会社のためだけのものだと伝えられています(その工場が、造成中のグライムズ郡の敷地に建つのか、別の場所なのかは、まだ分かりません)。
この案どおりなら、アップルやNVIDIAのチップを作る工場とは別に、イーロン・マスク専用の工場がテキサスに一つできることになります。
TSMCが動く理由は、二つ考えられます。
一つは、買い取りを約束してくれるお客が、空いた工場を抱える怖さを消してくれること。お客が出資して工場を支える形なら、日本にもあります。TSMCの熊本工場には、ソニーやデンソー、トヨタが出資しています。
もう一つは、放っておけばこの大口のお客が、ライバルの最初の大口客になってしまうこと。インテルは4月からテラファブに加わっていて、いま名前が挙がっている製造技術はインテルのものだけです。それを黙って見ているか、自分で取りに行くか。
チップが足りない時期には、お客のほうから訪ねてくる。魏会長が笑い話にしていたのは、その力関係でした。今回は向きが逆です。テラファブは、まだチップを1枚も作っていないうちに、世界一の作り手を話し合いに引き出したのです。
12年前、ネバダの砂漠でも
この順番を、テスラは一度たどっています。
2014年、イーロン・マスクは世界最大級の電池工場、ギガファクトリーの計画を打ち出しました。頼みの綱はパナソニックです。ところが当時の津賀社長は、協力はしたいが投資は一歩ずつ、リスクは間違いなく大きくなる、と慎重でした。
イーロン・マスクは6月、正式な契約を待たずに、ネバダ州リノの郊外で造成を始めてしまいます(パナソニックは5月に意向書に署名したと報じられていましたが、建設地すらまだ決まっていない段階でした)。正式な契約は7月31日です。
土地と建物、電気や水はテスラが用意する。電池のセルを作る設備は、パナソニックがお金を出して持ち込み、自分で動かす。そういう契約でした。「テスラの世界最大級の電池工場」の心臓部で回っていたのは、パナソニックの機械です。モデル3は、そこで作られた電池で走り出しました。
今回と見比べてみてください。作ると宣言して、先に土を動かす。慎重だった本職が、機械と腕を持ってやってくる。順番がそっくりです(違いもあります。ネバダの建物はテスラのものでしたが、今回の最有力案では工場の持ち主はTSMCです)。
あのときの名前はギガファクトリー、今度はテラファブ。単位がギガからテラへ1000倍になっても、やり方は変わっていません(笑)。
ただ、まだ「話し合い」です
署名はなく、TSMCはコメントしていません。どちらが先に声をかけたのかも、分かっていません(カルパン記者は、経緯を近く書くと予告しています)。TSMCのほうが動いたというのは、報道の書き方をもとにした私の読みで、ここは外れる可能性があります。インテルが外れると決まったわけでもありません。
それに、TSMCが所有も運営も握れば、イーロン・マスクは工場の中を好きには歩けません。サムスンとの契約では、テスラが製造の改善に関わることが認められ、本人が「自分でラインを歩く」と書いていました。TSMCが同じ鍵を渡すとは、私には思えません。なにしろ今年1月に、最先端の工場の中でチーズバーガーを食べてみせると賭けた人です(いまのクリーンルームは考え方が間違っている、という主張でした)。
作り方そのものを変える実験は、オースティンの研究用の工場で続けるのだと思います。ギガプレス(車体の大きな部品を一発で鋳造する機械)のような発明は自分の工場で試し、量をこなす本番は一番うまく作れる会社に任せる。そういう分業です。
予想を一つ。3月の発表の翌日、イーロン・マスクは「テラファブは厳密には2つの工場で、それぞれ1種類のチップだけを作る」と書きました。ロボットと車のためのチップと、宇宙のデータセンターのためのチップです(宇宙用は、過酷な環境と高い温度に耐える特別品だそうです)。工場が2つなら、作り手が2社いてもおかしくありません。TSMCとインテルが1棟ずつ受け持つ二本立て。これが落としどころだと見ています(外したらごめんなさい)。
あの笑い話の続き
最先端のチップを量産できる会社は、世界にTSMC、サムスン、インテルの3社しかありません。サムスンはテキサス州テイラーの工場で、予定を前倒しして、9月にAI5の試作を始めたと報じられました。インテルは4月からテラファブの仲間。そこへTSMCです。

話がまとまって、インテルも残れば、世界に3社しかない作り手が3社とも、テキサスでイーロン・マスクの会社のチップに関わることになります。
あの日、「チップを供給してくれる人がいない」という心配は、笑い話のネタでした。いまは同じ心配のために、世界一の作り手がテキサス行きを検討しています。しかもそのチップの行き先のひとつは、魏会長が「よく聞いてください」と念を押した、あのロボットです。
株主として見ると、一番重い荷物だった建設費と、作り慣れるまでの年月を、世界で一番作り慣れた会社が一緒に持ってくれる形が見えてきました(まだ推測ですが)。
魏会長の冗談は、間違っていなかったのだと思います。払えば、チップはある。ただ、「全部買います」という言葉だけでは足りませんでした。イーロン・マスクが最後に差し出したのは、テキサスの造成地と、168億ドルの建設計画です。本当に自分でやる、という証拠でした。
自前で作ると言っていたのに結局TSMCに頼るのか、と最初の数秒は思いました。2年近くのやり取りを並べたいまは、順番が逆に見えます。
先日の記事で、私はテラファブの章に「足りないなら、作る」という見出しを付けましたが、あれは二文字足りませんでした。正しくは「足りないなら、作らせる」です。自前で作ると言い、本当に土を動かしたから、TSMCが来ました。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

