EVcafeで考える 第53回
by がす
2026年9月、ハンドルもペダルもないテスラのサイバーキャブが、東京、大阪、名古屋を回りました。日本で実物が公開されたのは初めてです。

そのツアーの真っ最中だった9月15日、日本交通とGOとWaymoが、2027年中に東京で無人タクシーの商用運行を始める目標を発表しました。全国ハイヤー・タクシー連合会の会長でもある川鍋一朗さんは、無人タクシーを「真打ち登場」と呼んでいます(テスラが金色の車を見せて回っている、その最中にです)。
Xでは「テスラは日本のタクシー会社を買うのでは」という話が広がりました。第一交通産業などの名前が挙がり、思惑で株を買う動きまであるそうです。テスラは買収の予定も、日本でロボタクシーを始める計画も明かしていません。いまのところ、噂の段階です。

テスラは買わない、と思っています。イーロン・マスクには、中国で一度使った別の手があるからです。
調べるほど、妙なことに気づきました。サイバーキャブが東京を走るための道を、いま作っているのは、テスラ以外の全員です。
タクシー事業の許可
日本では、無人のロボタクシーも法律の上では「タクシー」です。お客を乗せて運賃をもらえるのは、国からタクシー事業の許可をもらった会社だけ。車がどれだけ賢くても、ここは変わりません。
入口がひとつしかない建物のようなものです。入口の名前は「タクシー会社」。
Waymoは最大手の日本交通と組みました。Uberと英国のWayveと日産の連合は、8月13日に日の丸交通と契約しています。日の丸交通が運行の主体になり、Wayveの自動運転を積んだ日産リーフを走らせる計画です。海外から来た会社で、タクシー会社を通さずに始めようとしているところは、今のところ見当たりません。

それならテスラはタクシー会社ごと買えばいい。買収説が出てくるのは自然な流れです。実際、スタートアップのnewmoは大阪や神奈川でタクシー会社を次々に買い、グループで1600台を超えました(8月時点、会社発表)。

買っても、決まりは変わらない
東京のタクシー料金は、会社が勝手に決められません。国が決めた幅の中から選ぶ仕組みです(あとで詳しく書きます)。台数も同じで、東京23区は長いあいだ、タクシーが増えすぎないように、台数を増やすにも国の認可が要る地域に指定されてきました。営業できる区域も決まっていて、東京なら23区と武蔵野市、三鷹市。無人で走らせる許可はまた別で、都道府県の公安委員会が、経路やエリアを書いた計画ごとに出します。
タクシー会社を丸ごと買っても、料金も台数もエリアも自由にはなりません。手に入るのは、タクシー事業の許可がひとつ。それと、その会社の乗務員さんと営業所と車庫です。乗務員を何千人も抱える会社の経営をテスラが引き受ける姿は、私にはうまく想像できませんでした。
買わないほうがいい理由は、もうひとつあります。テスラは自動車メーカーです。一社を買ってタクシー会社になった瞬間、ほかのタクシー会社から見ればライバルになります。ライバルからは車を買いにくい。
日本にタクシー会社は何千社もあります。その全部に車を売れる立場を、一社と引き換えに手放すのは、割に合わないと思います。
イーロン・マスクが中国で使った手
2024年4月のテスラは、中国でFSD(テスラの運転支援ソフト)を出せずにいました。中国では、こうした機能を公道で動かすのに地図の免許が要ります。しかも外国の会社は、免許を持つ中国企業と組む決まりです。
イーロン・マスクは地図会社を買いませんでした。検索大手のバイドゥと話をつけて、バイドゥの免許を使わせてもらう形にしたのです(ロイターの報道)。アメリカでは許可も車も自前で揃える会社が、免許の要る国では、持っている相手と組んだ。

日本のタクシーは、これと同じ型です。免許を持つタクシー会社が運行の主体になり、テスラは車とソフトを出す。国土交通省も2025年に、自動運転の会社がタクシー会社から運行の管理を任される形をルールとして整理しています。受け皿はもうあるわけです(名前だけ借りる「名義貸し」は法律で禁止されています。運行の責任はタクシー会社が負う、まっとうな形の話です)。
テスラジャパンの橋本理智社長は、テレビの取材でタクシー会社との連携を聞かれて「今の時点ではない」と答えています。そのうえで、世の中に広めるのに役立つなら検討したい、とも話しました。買うとは言っていません。組む余地は残しています。
東京のタクシー料金の決まり方
今年4月20日、東京のタクシー料金が上がりました。初乗りは500円です。
この改定は3月17日、物価問題の関係閣僚会議で了承されました。そのうえで国土交通省の関東運輸局が、料金の幅を公示しています。会社はその幅の中でしか値段を付けられません。幅には下限もあって、それより安くは売れない仕組みです。
値上げ幅は10.14%。理由に挙げられたのは、物価高への対応と、運転手の労働環境の改善、人材の確保でした。
Waymoの無人タクシーも、今の日本のタクシーの料金制度が基本になる、と日本交通の社長は話しています。運転手がいなくても、料金表は同じということです。
テスラが掲げているロボタクシーのコスト目標は、1マイルあたり0.2ドルです(マイナビニュースの取材記事による)。1ドル158円で直すと、1kmあたり約20円。
1km走るのに約20円(の目標)の車が、1kmあたり約430円もらえる。
アメリカなら、安く走れる会社は値下げで客を取りにいきます。料金を会社が決められるからです。東京ではそれができません。値崩れを、国の料金表が止めています。20円は目標です。無人でも、遠くから見守る人や、事故のとき現場に駆けつける人は法律で必要になります。空車で走る距離もあるので、差がそのまま儲けになるわけでもありません。
タクシー業界は長年、海外型のライドシェアに反対してきました。その業界のトップが、無人タクシーは自分からWaymoに声をかけて連れてきた。ライドシェアは車が増えて料金表が崩れる話です。無人タクシーは、料金表はそのままで、原価の約7割を占める人件費が軽くなる話(東京ハイヤー・タクシー協会の少し古い資料の数字です)。片方に反対して片方を連れてくるのは、そろばんとしては一貫しています。
運転手を集めるために上げた料金を、いずれ運転手のいない車が受け取る。皮肉ですが、そういう仕組みです。
国と東京都の動き
テスラジャパンは、サイバーキャブの日本での運行は未定で、規制への対応もまだ協議していない、と説明しています。日本では、まだ何も動いていません。
ハンドルのない車は日本で認められるのか。じつは東京には一度、ハンドルのないタクシーが走る計画がありました。ホンダとGMが組んだ「クルーズ・オリジン」です。2026年の初めにお台場で始め、500台まで増やす予定でした。これが消えたのは、GMが2024年に開発を凍結して、ロボタクシー事業そのものから降りたからです。GMが理由に挙げたのは、規制への対応の難しさと、競争の激しさでした。止まったのはGMの側です。日本の役所が断った、という話は見当たりません。



今年6月には、ジュネーブの国連の会議で、無人運転(レベル4)の世界初の国際基準が合意されました。専門家会議の共同議長は、日本の国土交通省の課長です。あわせて約90の規則が直され、ハンドルやペダルのない車も既存のルールの中で扱えるようになります。発効は2027年1月ごろの見込みです。
本国アメリカでは、サイバーキャブは9月3日の運行初日に当局の調査が入り、どうやって安全基準を満たしたのかを9月30日までに宣誓付きで答えるよう命じられました(運行は止められていません)。日本は面倒な国に見えますが、ハンドルのない車のルールが正式に決まったのは国連のほうが先でした。日本の国内ルールに移す作業は、これからです。
場所についても、日本の無人運転の許可は、最初からエリアを区切って出す仕組みです。東京都は、早く実現しそうな場所を「推進区域」に決めています。最初に選ばれたのが、お台場などのベイエリアと西新宿でした。サイバーキャブ・ツアーの最後の会場だったテスラ新宿は、西新宿2丁目にあります。都庁と同じ町内です(偶然でしょうが、できすぎています)。
東京の道は難しいのでは、という心配はもっともです。Waymoの幹部も、狭い道、歩行者の多さ、左側通行、日本の標識を挙げていました。Waymoは港区や新宿区など7区で1年半、日本交通の乗務員を乗せて学習を続けています。ただ、最初から東京じゅうの路地に入る必要はありません。道の広い区画から始めて、少しずつ広げればいい。制度がそうなっています。
最初の許可を取りにいくのも、テスラではありません。都心の無人タクシーに東京の警察が何を求めるのかは、2027年のWaymoと日本交通が最初に確かめることになります。
テスラ側の課題
テスラは寝ていても勝てる、という話ではありません。テスラ自身の宿題が2つ残っています。
ひとつ目はFSDです。橋本社長は、サイバーキャブより先に、いまの市販車向けのFSDを日本で解禁するのが最優先だと話しています。目標は2026年中。残り3カ月を切りましたが、正式な発表はまだありません。同じ目と同じ頭脳を積んだ車がもう日本の町を走っている、と橋本社長は言います。その車がFSDで走り始めて、やっと東京の道のデータが集まり出します。テスラのテスト走行は2025年8月から続いていますが、オーナーの車が加わるのはこれからです。
ふたつ目が相手選びで、こちらは時間との競争です。大手のタクシー会社は数えるほどしかありません。最大手の日本交通はWaymoと組みました。日の丸交通はUberの陣営に入りました。この日の丸交通は、2023年からテスラのモデルYを100台、Uberのハイヤーとして東京で走らせてきた会社です。テスラといちばん近かったタクシー会社が、8月に日産リーフのほうを選んだ(これは正直、痛い)。

国の姿勢もあります。政府は2030年度に無人運転のバスやタクシーを1万台にする目標を立てましたが、同時に国産車の後押しも掲げています。日産やトヨタの出番を作りたいのだと思います。
技術への疑いも残っています。Waymoの幹部は8月の説明会で、人が監視する仕組みをいくら育てても無人運転には届かない、という趣旨の話をしました。名指しはしていませんが、テスラのやり方への反論に聞こえます。テスラはテキサスなどで車内に監視員を乗せない運行を始めています。それでも、東京での実績はまだゼロです。
日本での順番の予想
9月3日のサイバーキャブ発表会の中身は、私が読み違えました。この章の予想は、その前科つきです。
テスラは日本のタクシー会社を買わず、どこかのタクシー会社と組みます(自信は7割)。相手がどこかは、わかりません。
最初に東京を走る無人のテスラは、サイバーキャブより先にモデルYになると見ています(こちらも自信は高めです)。本国がその順番でした。オースティンでは2025年6月にモデルYで始めて、サイバーキャブが加わったのは2026年9月。1年2カ月あいています。モデルYにはハンドルがあるので、ハンドルのない車の扱いが固まるのを待たなくて済みます。
サイバーキャブが東京でお客を乗せるのは、早くて2029年、本命は2030年です(自信5割)。根拠は足し算です。Waymoは2024年12月に日本交通との提携を発表して、商用化の目標が2027年中。発表から2年から3年です。テスラはまだ相手も発表していません。同じだけ足せば、2029年から2030年です。
最初の場所は、西新宿かベイエリア。形は、タクシー会社が運行して、テスラが車とソフトを出す。8月の記事で、テスラジャパンの拠点倍増はロボタクシーの運営基盤の布石でもある、と書きましたが、ここは少し直します。運行の主役はタクシー会社です。テスラの拠点が受け持つのは、充電や整備といった裏方になりそうです。
見るべき合図は2つ。
FSDの解禁日と、テスラジャパンの社長がタクシー会社の社長と並んで立つ記者会見です。
買収のニュースを待つ必要はありません。

1万台と100台のあいだ
政府の目標は、2030年度に全国で1万台です。Waymoが東京で目指しているのは、まず100台。最初の車はジャガーのI-PACEで、これはもう生産が終わっています。
運転手は毎年1割近く入れ替わり、東京の法人タクシーの乗務員は平均55歳を超えました。料金は国が守っていて、業界のトップは、無人タクシーこそ答えだと言い切っています。足りないのは、安く大量に作れる無人の車です。ハンドルのない専用車を、3万ドル未満を目標に量産ラインで作り始めたのが、テスラです。
川鍋会長は、無人タクシーを「真打ち登場」と呼びました。
寄席の真打ちは、いちばん最後に高座に上がります。
東京でいちばん最後に来るのは、たぶんテスラです。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

