EVcafeで考える 第54回
by がす
私、がすは、今年(2026年)の8月に「新型ロードスターの発表会をこう見ろ」という記事を書きました。タイヤの摩擦という100年来の壁を、宇宙の技術で土俵の外から飛び越える、という話です。あのとき私が頭に描いていたのは、車体がふわっと浮いて、すぐ戻ってくる絵でした。浮かすだけ。それでも十分に事件だと。

外しました。
10月15日の夜(現地時間)、テキサス州マクレガーにあるスペースXのロケット試験場で、白いロードスターはゆっくり走り出し、大きく湾曲したスロープを登っていきました。そのまま天井で逆さまになって走り続け、スロープの端から離れた瞬間に空中で一回転し、車体の下から噴き出す空気で向きを直しながら、四輪でぴたりと着地しました。二本目はサイバーキャブとサイバートラックを含む5台のテスラを飛び越えています。運転席に座っていたのはスターマンの人形でした。


着地の瞬間、私はファルコン9のブースターが脚を開く映像を思い出していました(似ているのは見た目だけではないと、あとで調べてわかります)。
マスクは壇上でこう言っています。「テスラとスペースXのエンジニアが緊密に協力してきた、信じられないような仕事の集大成だ」。あの夜の本当の発表はこの一文だったと、私は思っています。飛んだのは車だけではなかった。

マクレガーで起きたこと
車には誰も乗っていませんでした。マスクは観客に「誰も殺さないためだ」と説明し、デモの前には「成功は保証されていない」と言っています。終わったあとの一言は「まあ、うまくいった」でした。

発表されたグレードは3つです。Performanceは2人乗りで予約金5万ドル。Thrustは「レース対応」で、車体の後ろに冷ガススラスターを備え、予約金25万ドルです。
Rocketは「空対応」。スラスターを車体の周囲に配置した1人乗りで、招待制、公道は走れません。テスラの公式アカウントが載せた0から60マイル(時速約97キロ)までの加速は0.81秒で、Rocketだと0.59秒を切るそうです。
生産開始は2028年とマスクは言いました。価格は出ていません。
会場はスペースXのロケット試験場で、招待状の文言は「Go for launch」。車の発表会として見ると、場所も言葉も、だいぶ変です。
回転を止めたのは、ロケットの手
壇上で数字を読み上げたのは、テスラの車両技術担当副社長、ラース・モラヴィでした。10本のノズル。容量600リットルのタンク。その中に押し込まれた空気はおよそ250キロ。タンクは炭素繊維を巻いた高圧容器で、ファルコン9に積んでいるものと同じ種類だと説明しています。

冷ガススラスターは、何も燃やしません。高圧の気体を小さな穴から噴くだけの、いちばん単純なロケットです。ファルコン9の第1段が打ち上げ後にくるりと反転し、落ちてくる途中で機体を立て直すときに噴いているのも窒素の冷ガスで、エンジンではありません。ロードスターが空中で一回転して四輪を下に戻したあの数秒は、あの反転と同じ仕事です。見た目が似ていたのは、偶然ではありません。



もう一つの仕掛けが吸着です。床下から空気を吸い出して車体を路面に押し付ける仕組みで、止まっていても逆さまのまま張り付いていられる、とテスラは説明しています。スロープの天井で落ちなかった理由はこれで、徐行で登っていったのは、吸い付く力だけで走れていることを見せるためだと思います。

隙間に詰まっているもの
テスラは当夜、Xにこう書いています。車の使える隙間はすべてCOPVで埋まっている、と。COPVはさっきの炭素繊維巻きの高圧タンクの略称です。
この部品の名前を聞いて、スペースXを追いかけてきた人は少し身構えたはずです。2015年6月、CRS-7は打ち上げ2分余りで空中分解しました。原因は、第2段のヘリウムタンクを支えていた支柱が折れたこと。そのタンクがCOPVです。翌2016年9月1日には、ファルコン9が発射台で燃焼試験の準備中に爆発しました。今度の原因は、液体酸素の中に沈めたCOPVの周りで起きた異常でした。ロケットを二度失って、二度とも同じ種類の部品が絡んでいた。そういう会社は世界で一社しかありません。
そして、その部品の扱いをいちばん高い授業料で学んだ会社も、同じ一社です。
だから「スペースXの技術を借りた車」という言い方は、少し軽いと思っています。穴から空気を噴くノズルなら、どこの自動車メーカーでも作れます。作れないのは、250キロの空気を押し込んだ炭素繊維のタンクを人の隣に置いて、壊さない運用のほうです。それを知っているのはスペースXだけで、つまりこの車は、スペースXがいないと成立しません。
もう一つ。壇上でタンクの容量と空気の重さを読み上げたモラヴィは、車の人です。自動車の発表会で聞く数字ではありません。言葉のほうが、先に混ざっていました。
前日のメモ
デモの前日、10月14日に、バークレイズのアナリスト、ダン・レヴィが顧客向けにメモを出しています。テスラとスペースXの合併は、12月6日までに開くテスラの株主総会の前に発表される可能性がある。いちばんの材料はテラファブで、取締役会が二つ別々にあると決定が遅れる、とマスク自身が言っている。そして最大の障害は株主の承認だ、という内容です。市場はほとんど動かず、ある米メディアは、この話の裏にある具体的な出来事は調査メモ一枚だけだ、と書きました。その翌日の夜に、具体的な出来事が起きました。
実は、合併の話が公の場でいちばんはっきり出たのも、ロードスターがきっかけでした。9月15日のAll-Inサミットで、マスクがロードスターのスペースX・オプションの話をした直後に、デイビッド・フリードバーグが聞いています。「イーロン、なぜまだ二つの会社が別々なんだ」。マスクの答えは「いい質問だ」でした。それ以上の仕組みの話はしていません。
株主の承認が壁なら、口説く相手はテスラの株主です。CNBCは今回のロードスターを、業績にはほとんど影響しない低量産の高級車だと書いています。その車のために、スペースXは試験場と設備と技術者を出し、生中継を打ち、マスクは観客に向かって「AIの映像ではないと証明するために観客が要る。自分の目で見たことを人に話してくれ」と言いました。製品発表の形をした、株主への実演だったと私は読んでいます。合併の議案はまだどこにも出ていません。先になくなったのは、別々でいる理由のほうです。
まだ飛んでいないもの
冷や水も浴びておこうと思います。
冷静に並べると、この新型ロードスターには弱点も多いです。生産は2028年で、2017年に約束した納車時期2020年から8年遅れ。価格は未発表で、当時示した20万ドルからは上がる見込みです。持続的な飛行は一度も見せていません。スミソニアン航空宇宙博物館のロジャー・コナーはCNNに、車と飛行機の中間の乗り物はどちらにしても中途半端で、しかも高くつく、と話しています。空を飛ぶRocketは1人乗りで招待制で公道不可。つまり、普通の人がこの車で空を飛ぶ日は、まだずっと先です。

安全性もこれからです。高圧タンクを人の隣に詰めた車が、衝突試験と型式認証をどう通すのか。マスク自身、社員には「失敗するかもしれない」と話していたと、The Informationは8月に報じていました。
合併のほうは、もっと何もありません。SECへの提出書類はゼロで、テスラの直近の8-Kは7月22日付。取締役会の特別委員会も、交換比率も、どこにも出ていません。ここは全部、まだ推測の領域です。
予想を書いておきます。株主総会までの合併発表は、低めに見て3割。出すなら早く、出ないなら春まで出ないと思います。2027年末までに発表される可能性は7割。
もっとも、ロードスターの予想は8月に外したばかりです。
2018年の荷物
2018年2月6日、ファルコンヘビーの初飛行で、ダミーの積み荷として打ち上げられたのが初代ロードスターでした。運転席にはスターマン。あのとき、スペースXがテスラを運びました。車は、ロケットの荷物でした。
8年後、ロケットのタンクとロケットの姿勢制御が車の中に入り、今度は車のほうが自分で飛んで、自分で着地しました。運転席には、同じスターマンが座っていました。マスクは当夜、テスラの投稿を引用して「私の初代ロードスターは、まだ火星と地球の間を回っている」と書いています。

イーロン・マスクは新型ロードスターを「人が運転する最後の車の、最高の形」と呼びました。長い目で見れば、テスラが作る車でハンドルを人が握るのはこれ一台になる、とも言っています。テスラが車の会社として、人のために作る最後の車です。その車を、スペースXの試験場で、スペースXの部品を隙間なく詰めて、人を乗せずに飛ばした。ここは正直、少し胸にきましたね。
テスラとスペースXの合併の書類は一枚もありません。どちらが買う側か、交換の比率はどうか、株主がどう票を入れるか、全部これからです。それでも、この二社がもう別々のものを作っていないことだけは、テキサスの夜空を一回転した車が先に見せてしまいました。書類はこれから出てきます。部品のほうは、先に一つになっていました。
(2026年10月15日のイベントの写真は、全てテスラ公式Xアカウントでのライブ配信動画より)

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

