EVcafeで考える 第21回
by がす
2020年のテスラのイベント「バッテリーデー」のステージで、イーロン・マスクの横で2万5000ドルの自動運転EVを発表していたパワートレイン&エネルギー担当上級副社長のドリュー・バグリーノ。
そして今年、2024年4月、テスラの初期から18年間在籍した、このバグリーノのテスラ退社の発表を皮切りに、テスラの全社員の10%レイオフが始まりました。
世界がざわめく中、イーロン・マスクはXにこうポストしました。
「約5年ごとに、次の成長段階に向けて会社を再編成し、合理化する必要がある」
そして、テスラのスーパーチャージャー部門閉鎖のニュースが続くことで、さらなる衝撃が走りました。急速充電器を担当する部門を事実上閉鎖し、担当幹部と数百人の従業員を解雇したことがわかったのです。
ユーザーの利便性に直結する「スーパーチャージャー部門閉鎖」のニュースばかりが目立ちますが、私は今回の一連のレイオフは、実は全て背景がつながっていると見ています。そして、それはイーロン・マスクの言う「次の成長段階に向けて会社を再編成する」ということに集約されています。
イーロン・マスクが言う「テスラの次の成長段階」に向けて、なぜ、スーパーチャージャー部門を閉鎖するのでしょうか?
スーパーチャージャーというのは、テスラが自社のEVを売る際の大きな武器のひとつです。専用の急速充電ステーションが各地にあり、それはテスラEVとも連携し(スーパーチャージャーの位置は車内のモニターに表示され、現在の空き状況までも見ることができます)、決済やUIも含めた充電体験がスマホとも連携してシンプルかつスマートに構築されています。
高速で簡単に充電できるスーパーチャージャーが各地に整備されているから、長距離旅行も安心というわけです。専用の急速充電ステーションが各地に完備されていることは、数あるEVの中でテスラを選択する最大の理由のひとつとなっています。
そのためスーパーチャージャーは既存のテスラユーザーにとっても大切ですし、今後、テスラがEVの販売を拡大するにも重要なビジネスモデルのひとつです。さらに言いますと、このテスラの急速充電規格は北米標準規格(NACS)と名付けられ、現在多くの自動車メーカーが北米でNACSを使用するためにテスラと契約しています。
こんなに大事だったはずのスーパーチャージャー部門を閉鎖したイーロン・マスクは、「テスラはスーパーチャージャー・ネットワークの拡大を計画しているが、新規設置のペースは遅く、100%の稼働率と既存設置場所の拡大に重点を置いている」と説明しました。
なお、このスーパーチャージャー部門閉鎖のニュースは衝撃が大きすぎたと考えたのでしょう、その後、イーロン・マスクは「今年スーパーチャージャーに5億ドル費やす」とポストしてフォローしましたが、部門閉鎖したのは事実で、テスラがスーパーチャージャーステーション拡大のペースを今までより落とすことに変わりはありません。
このニュースから私はこう考えました。イーロン・マスクの言う「テスラの次の成長段階」においては、「スーパーチャージャー拡大のビジネスモデルはあまり必要なくなった」とイーロン・マスクや残ったテスラ幹部たちは考えているのではないかと。
では、その理由は何か?
ズバリ、テスラが「ロボタクシー」を出すからです。そのロボタクシーは「サイバーキャブ」と呼ばれる無人の自律性をもった自動運転タクシーで、その詳細はイーロン・マスクによれば今年の8月8日に発表される予定ですが、ハンドルもアクセルもブレーキも無いと予想されています。
つまり「イーロン・マスクが、ロボタクシービジネスにテスラの軸足を移そうとしているため、スーパーチャージャーの拡大は、今後のテスラにとって優先事項では無くなったのではないか」と私は考えたのです。
少し前に出版されて話題になったウォルター・アイザックソンのイーロン・マスクの伝記「イーロン・マスク」をお読みになった人も多いかと思いますが、この中でイーロン・マスクの経営する会社のひとつ、航空宇宙メーカーのスペースX社では、人類が火星へ移住することを前提に、火星での人々の暮らしや必要なものについて社内会議で連日大真面目に会議をしていることについて、著者のウォルター・アイザックソンは衝撃を受けていました。
そこから想像するに、その火星移住とまったく同様に、テスラの無人の自動運転タクシーである「ロボタクシー」でのビジネスや生活がテスラ社内でありとあらゆる観点から議論され、テスラの次なる変革へ向けた準備が進められていると予想できます。
ロボタクシーのビジネスについて、イーロン・マスクは、先日の第1四半期決算の電話インタビューで「はっきりさせておかなければならないのは、テスラが自動運転EVの軍団を運営するということだ。 つまり、テスラがAirbnbとUberを組み合わせたようなものだと考えればいい」と言っています。
企業秘密なのでその詳細はまだ明らかになってはいませんが、ロボタクシー車体開発はもとより、そのロボタクシーにまつわるビジネス構築までテスラが急いでいることが分かります。
そうやってイーロン・マスクは、従来の旧態依然としたEV販売ビジネスの収益モデルから、テスラを新たなロボタクシービジネスへ進化させていこうと考えているのでしょう。今回のスーパーチャージャー部門のリストラは、その実現に向けた大きな具体策のひとつにすぎません。
今後ロボタクシーがテスラのEVビジネス収益のメイン事業となった場合、今までテスラEVの購入動機となっていたスーパーチャージャー拡大は優先ではなくなります。何故なら、スーパーチャージャーの場所が増えるからといって、無人の自動運転ロボタクシーの利用が増えることは無いからです。
むしろ無人のロボタクシーですから、停止するだけで充電できる「無線充電」を進めた方がいいと考えるでしょう。今後のテスラの投資先の優先順位が大きく変わったのです。
ちなみにテスラが投資した無線充電はロボタクシーのためだという考えは、去年私がこの記事で予想していました。
そして、イーロン・マスクはそれらの戦略をまだ具体的に明かすことはできません。スーパーチャージャー部門を閉鎖したことについて、イーロン・マスクはポストで「confidential information」(機密情報)」という言葉を使いました。
その言葉に違和感を覚えた人も多いと思います。散々、他部署をレイオフしておいて、スーパーチャージャー部隊のレイオフはなぜ「機密情報」と言ったのでしょうか? 裏を返せば、スーパーチャージャーを減速させるということは、テスラのビジネス構図を変えるという具体策の「わかりやすい」ひとつであるから、機密情報というわけなのです。
そんなこととは露知らず、単なるレイオフ情報としてXにポストした投資家ソーヤー・メリットは、イーロン・マスクに激怒されて彼からフォローを外されました。そう考えると、皆さんもイーロン・マスクの機密情報という言葉や怒り具合が、腑に落ちるのではないでしょうか?
ではなぜ、イーロン・マスクはテスラのビジネスモデルの大きな柱のひとつであるEV販売をロボタクシーに変えるのでしょうか?
その背景はご存知の通り、テスラはエンドツーエンドによる本物AIによる自動運転をFSD(完全自動運転)12でほぼ完成させ、あとはAIトレーニング量を増やして行くことと各国の自動運転に対する規制クリアのみとなっています。
イーロン・マスクは先の決算インタビューでテスラの自動運転のAIトレーニングには「制約が無くなった」と言っており、指数関数的にその能力が飛躍的に向上していることに自信を見せています。これまでのイーロン・マスクの発言から想定するに、年末までにはほぼ完璧に仕上がるような気がします。
そして、自動運転に対する各国の規制についてもイーロン・マスクは楽観視しており、先の決算インタビューで「テスラの自動運転(FSD)へ大きな規制は生じないだろう。なぜなら、人間が運転する車よりも自動運転の方が安全であるという決定的なデータがあれば、規制当局が自動運転を規制することは人を殺すことを認めることになるからだ」と発言しています。
もうひとつの背景は、自動運転のロボタクシーを売り込みたい最大の自動車市場である中国政府が、テスラの自動運転にゴーサインを出したことです。
しかし、これらのことは旧態依然としたEV販売を増やして儲けるビジネスから、ロボタクシービジネスに切り替えられるという「背景」であって、根本的な「理由」にはなりません!
ここまで書いたことは、私のXにポストしたことでもありますが、そのポストをした時は私も「根本的な理由」を考えあぐねていました。その最後のピースが分からなかったのですが、先日のイーロン・マスクのポストによって最後のピースが分かったのです。
ある人がポストした「2011年にNetflixがDVD事業を分離し、ストリーミング配信を倍増させたことで、誰もがNetflixをバカ呼ばわりしたことを覚えている」という発言について、イーロン・マスクが返信したこのポストがそれです。
「では、そのロジックをテスラに当てはめたらどうだろう」
つまり、このイーロン・マスクの一連の流れと発言から、テスラが軸足をEV販売からロボタクシーに変えていく理由として、NetflixはDVDレンタルをやめてオンライン配信に切り替えて生き残ったように、テスラはEVの販売をやめて、自動運転ロボタクシーに切り替えて生き残る必要があると読み取れるのです。
「なぜなのか?」
イーロン・マスクが「いずれEVのように、自動運転も他社が出してくる」と言っているように、どのビジネスでも競合が増えていくことは避けられません。テスラ以外にも多くの中国メーカーなどによるAIの自動運転が増えていくと、世界中の自動車販売数は減るからです。
投資会社Ark Investment社の調査でも、自動運転ロボタクシーは、歴史上の革新の中でGDPに最も影響を与えるだろうとし、その中でロボタクシーの登場によって都市部中心に自動車の販売数は1.8兆ドル(約280兆円)減少すると予想しています。
2023年の世界の自動車販売数は、9272万台(うち1位の中国は3000万台)です。自動運転のロボタクシーが普及するにつれて、DVDレンタルのように「自動車の購入需要が大幅に減少する」と、イーロン・マスクもロボタクシー登場後の自動車ビジネスの未来を読んでいるのです。
これこそが、テスラが旧来のEV販売からロボタクシービジネスに、EVビジネスを変革する理由なのです。
ここで安心して欲しいのですが、テスラのEV販売は無くなりませんし、スーパーチャージャー拡大も無くなりません。むしろ逆です。テスラのEVを無くさないために、そしてスーパーチャージャー拡大を継続するために、イーロン・マスクはテスラのビジネスを変革しようとしているとも言えます。
だって、ただでさえ中国をはじめとしたEVメーカーと販売合戦で身を削る中、そこに固執しているとテスラは勝てません。自社の最大の武器(AI自動運転技術)を活かし、一刻も早く他社より先行し、その市場を取りにいったものが、今後10年間で世界のGDPに約20%の影響を与えるロボタクシーのビジネスの覇者になれるのですから。
2022年にテスラでのロボタクシー会議で、ロボタクシーのデザイン案を見たイーロン・マスクはこう言い放ちました。
「(ハンドルを付けるのは)だめだ。だめだったらだめだ。ミラー無し、ペダル無し、ハンドル無しだ。全責任は俺がとる。俺たちは自律運転に全賭けするんだ」
この自動運転のロボタクシーにテスラ社を全部賭けると言うことは、つまりロボタクシーの車体デザインだけの話ではなく、ロボタクシーにテスラの全ての技術とビジネスを投資するということです。
このことを頭に入れて今後のテスラを見ていかないと「スーパーチャージャー部門の閉鎖」という一部分をマイナスと捉えてしまい、私たちは混乱するだけなのです。このコラムの最初にあったドリュー・バグリーノの退職も、今後のテスラの変革には、新しいEVの開発からロボタクシーに優先順位が変わっただけだと考えることができます。
おそらく、今後イーロン・マスクはテスラの生き残りをかけて、従来の旧態依然としたEV販売のビジネスからロボタクシービジネスへ、テスラのEVビジネスの変革を実行するにあたり、破壊的なイノベーションを起こしていくでしょう。
私はこういった視点で今後のテスラを見て、皆さんに解説していきます。ぜひEVcafeサイトをブックマークし、EVcafeと私のXをフォローしてください。一緒にイーロン・マスクが今後、どんどん仕掛ける破壊的イノベーションを見ていこうではありませんか。
メインカット:テスラがロサンゼルスに建設中のスーパーチャージャー・ダイナー&ドライブインの予想図AIイメージ画像(がす作成)
(文・AI画像 by がす)
がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。プライベートでは2024年からイーロン・マスクの公式パロディアカウント(フォロワー140万人)からオファーをもらいイーロン・マスク(パロディ)公認のAIデザイナーとなり、ハイクオリティなAI画像をイーロン・マスク(パロディ)に提供中。そのメールをやりとりしているイーロン・マスク(パロディ)はイーロン・マスク本人だと思っている。
Xでは以下のアカウントでイーロン・マスク、テスラ、AI、EV、自動運転、スペースXの最新ニュースを発信中!