EVcafeで考える 第48回
by がす
2026年9月19日、テスラが米国で車両向けの新しいソフトウェア2026.27.10の配信を始めました。目玉は「自動衝突回避」です。各メディアの見出しはだいたいこうでした。「手動運転中でも、正面衝突が迫ったらクルマが勝手にハンドルを切って避けてくれる」。
FSD Supervised helps save lives pic.twitter.com/3P7URqnQgO
— Tesla (@Tesla) July 23, 2026
ファンの反応は「また安全になった、さすがテスラ」。平和です。私はテスラ自身の説明文を読みにいって、しばらく固まりました。見出しと、書いてあることが違う。これは安全機能の顔をした、別の「何か」ではないか?
自動ブレーキは、最初からグレーだった
話を一度、10年以上前に戻します。
自動ブレーキが世に出たとき、あれは冷静に考えるとかなり乱暴な装置でした。運転者がアクセルを踏んでいるのに、クルマが勝手に止まる。クルマは人間が操るもの、という大原則と正面からぶつかります。分かりやすく言い換えると、自動ブレーキって、人間が関与できない「自動運転の一部」とも言えなくないですか?
それなのに世界中の国が認め、義務化まで進めました。なぜ通ったのか。理由は二つだけです。
一つ目は、止まる方向にしか働かないこと。止まるのはいちばん被害が小さい選択で、「右に逃げるか、左に逃げるか」という難しい判断が要りません。
二つ目は、一瞬しか働かないこと。ブレーキをかけたら、それで終わり。そのあと運転を続けるのは人間です。だから自動ブレーキは、クルマが人間に逆らって急停止する装置なのに、公式には「自動運転ではない」扱いになっています。
つまり「緊急」という言葉は、人間の運転の主導権に開けられた例外の穴でした。穴が広がらないように打たれた杭が二本。止まる方向であること、一瞬であること。私たちはこの二本の杭を信用して、ブレーキを踏む右足の主導権を機械に渡したわけです。
正直に書くと、私の最初の読みは外れました
ここで私は最初、こう読みました。テスラは全車にFSD(テスラの自動運転ソフト)をこっそり仕込んで、緊急を口実に、買っていない人のハンドルまで徐々に握って行く作戦じゃないか、と。
調べたら違いました。この機能が動くのは、FSDを購入していて設定をオンにしている車だけだと思っていました。しかも今のところ北米限定です。
見出しになった正面衝突のパターンも、オーナーズマニュアルを読み解いた専門サイトによれば、条件はかなり厳しい。相手が車両でブレーキだけでは間に合わないこと、高速道路を時速約137km未満で走っていること、逃げる先に歩行者や自転車がいないこと、路面が濡れていないこと。全部そろって初めて、車線を変えるか路肩に出て、必要なら加減速しながら避けます。テスラはいちばん揉めにくい場所だけを選んで、慎重に踏み出しています。テスラ自身も、これは最後の手段であって一般的な障害物回避の機能ではない、と釘を刺しています。陰謀論は崩れました。安心して閉じようとして、配信されたリリースノートの本文を読み直しました。そこで固まったわけです。
説明文の主役は、正面衝突ではなかった
公開版のリリースノートの説明文は、たった二文です(テスラはリリースノートをウェブで公開していないので、車内に表示された原文を転載している追跡サイト”not a tesla app”のページを以下に置いておきます。ご自身の目で確かめてください)。

中身はこうです。「自動衝突回避はFSDを起動してクルマの安全を保ち、そのまま走り続ける。この機能は手動運転中でも、運転者が道路に十分注意していないと検知したとき(例として後部座席に手を伸ばしている場面)、あるいはFSDが意図せず解除されたと判断したときに作動する」つまりFSDの設定をONにしていなくても作動するということでした。
正面衝突の話は、一行もありません。テスラが自分の言葉で説明しているのは、「よそ見をしたら、クルマが運転を引き取る」ほうです。
こちらのパターンは高速道路に限りません。時速約36kmから137kmの間なら、どんな道でもクルマが運転を引き取って安全な状態まで導きます。
そして例の3語です。「and then continue driving」。そのまま走り続ける。
この重さは、これまでの常識と並べると分かります。運転者が倒れたり、警告を無視し続けたりしたとき、クルマはどうするか? 答えは世界共通で「ハザードを点けて、ゆっくり止まる」でした。テスラ自身もそうでしたし、マツダやトヨタの同じような機能もそうです。人間がダメになったら、クルマは止まる。
テスラはこれを裏返しました。人間がダメになったら、クルマが走る。
「自動ブレーキ」の時の二本の杭を思い出してください。止まる方向であること、一瞬であること。Continue driving は、その両方を一文で引き抜いています。しかもテスラは、それを隠すどころか説明文の本文に堂々と書いています。
介入中の挙動も、安全装置のそれではありません。アクセルペダルは効かなくなり、ブレーキを踏んでも減速するだけで介入は止まらず、取り返すにはハンドルを強くはっきり切る必要があります。危険が去るとチャイムが鳴って、人間に交代を促す。交代を促される側が人間です。

ここから先は私の推測です。FSDの正式名称は FSD(Supervised)、日本語にすると「監視付きFSD」です。人間がちゃんと見張っているから公道で使っていい、という建前で成り立っています。ところがこのパターンは、人間が見張っていないことを合図に起動します。見張り役がいる前提のソフトが、見張り役がいないときに動き出す。それでもテスラは、運転者が常に注意を払い責任を持つ点は変わらない、としています。運転は機械に移り、責任は人間に残る。この無理を丸ごと通しているのが「緊急」の二文字です。
なぜ今なのか。防いだ事故は、数えられないから
この自動衝突回避はテスラが進める安全強化そのものですが、その裏にはFSDを広める戦略や意図を非常に考え抜いた上で実装していることが見え隠れしています。
テスラは同じ週に、安全データを二つ出しています。
オーストラリアとニュージーランドでは、FSDで走った1億6000万kmの間の衝突事故が、手動運転より40%少なかった。ベルギーでは交通大臣が議会に数字を示し、一般道での衝突リスクは手動運転の約9.6分の1でした。どちらもテスラの自己申告なので割り引いて読んでください。そして10月6日には、EU全体でFSDを認めるかどうかの判断が控えています。
私が気になったのは数字よりも、そのベルギーの大臣の一言です。「防がれた事故は当然ニュースにならない」
安全技術の最大の弱みはここにあります。起きた事故は数えられますが、起きなかった事故は数えられません。FSDが何件の事故を防いだのか、誰にも証明できない。
今回のテスラの自動衝突回避は、この弱みを埋める装置として読めるわけです。人間が運転していた。人間が失敗しかけた。FSDが引き取って避けた。一回発動するたびに、映像つきの「人間だったら事故になっていた実例」が一件たまります。規制当局がいちばん見たくて、これまで誰も出せなかった証拠です。これが山のように積み上がったとき、FSDの認可を渋る役所は「安全の邪魔をしている側」に見えてきます。
予想を一つだけ置いておきます。FSD購入者限定という条件は、1年以内に外れます。安全機能を課金の向こうに置き続けるのは世間が許さないし、テスラにとっても全車から実例が集まるほうが得だからです。
Supervised (監督付き)の主語が、入れ替わった
最初の違和感に戻ります。自動ブレーキはグレーではないのか。
グレーでした。ただあれは、境界線の上に立つ技術というより、境界線を引き直すための最初の一歩だったのだと思います。緊急のときなら、機械は人間の右足に逆らっていい。私たちがそれを認めた日に、原則はもう譲っていました。残っていたのは範囲の交渉だけです。右足の次は両手。一瞬の次は、人間が戻ってくるまで。
FSD (Supervised)という名前は長いあいだ、人間が機械を監視する、という約束を意味してきました。今回のアップデートでも、その綴りは一文字も変わっていません。
変わったのは主語です。あなたがハンドルを握って運転しているあいだ、車内カメラはあなたの視線を追い、FSDは後ろで待機しています。合格点を下回れば、交代させられる。ブレーキを踏んでも取り消せない。
完全自動運転は、どこかの規制当局が認可のハンコを押した日にやって来るものだと思っていました。違いました。人間がハンドルを握ったまま、監視される側に回った日に、もう来ていたのです。

がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。

